スタートアップ育成5か年計画を読む②研究開発支援の強化

スタートアップ育成5か年計画を読む②研究開発支援の強化

前回に続き、「スタートアップ育成5か年計画」の詳細についてレビューをしています。(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai13/gijisidai.html

前回のブログはこちら↓

今回は、SBIR(Small Business Innovation Research)制度の抜本見直しなど、研究開発の支援に関する取り組みについて取り上げます。「スタートアップ育成5か年計画」の中で、「スタートアップを育成するため、公共調達の活用が重要である。SBIR制度について、米国のSBIR制度も参考に、創業間もない企業(スタートアップ)への支援の抜本拡充を図る」としています。

SBIR制度とは

SBIR制度について、独立行政法人中小企業基盤整備機構の「SBIR-技術開発を支援するサイト」では、

スタートアップ等による研究開発を促進し、その成果を円滑に社会実装し、それによって我が国のイノベーション創出を促進するための制度

と紹介されています。また、制度のポイントとして

1つは、国の機関から研究開発型スタートアップ等(※)への補助金や委託費の支出機会を増やす仕組みを作ること(支出目標の設定)。もう1つは、それら補助金や委託費の効果を高めるため、公募や執行に関する統一的なルールを設定するとともに、研究開発成果の社会実装に向けて随意契約制度の活用など事業活動支援等を実施し、初期段階の技術シーズから事業化までを一貫して支援することです。 

※研究開発型スタートアップ等とは、研究開発成果の事業化を目指す中小企業者や研究者等のうち、その研究開発が革新的であると認められるもの

としています。

アメリカのSBIR制度

アメリカでは、中小企業・スタートアップ支援のために競争的補助金を支給する制度として1982年にSBIRが法制化されました(https://www.sbir.gov/)。研究開発予算が1億ドルを上回る11の省庁に対して、その一定比率(現在は3.2%)を、従業員500名以下の中小企業・スタートアップに振り分けることを定めており、各省庁で統一のスキームで実施されています。

SBIRは3つのフェーズごとに支援条件が定められています。アイディアの試行や技術的探索が行われるフェーズ1では、5万ドルから15万ドルが6か月間で給付されます。商業化の方法を探索するフェーズ2は、75万ドルが2年間で給付されます。SBIRはフェーズが進むほどに件数が絞られる「ステージゲート方式」であり、原則フェーズ1の参加企業のみが応募できます。

そして、実際に市場に製品が市場に提供されるフェーズ3では資金提供はないものの、当該省庁での利用(公共調達)が促進され、公共調達を前提として非SBIRプログラムからの資金提供により、製品・サービスの生産契約を結ぶ場合があります。

SBIR STTR Program Overview Presentation
https://www.sbir.gov/sites/default/files/SBA_SBIR_Overview_March2020.pdf

また、大学・非営利組織から中小企業・スタートアップへの技術移転を目的としたSTTR(Small Business Technology Transfer)という制度もあり、研究開発予算が10億ドルを超える政府機関を対象に、各省庁予算の0.45%を中小企業・スタートアップの共同研究開発向けに割り当てることを義務付けています。

SBIRの成功例: iRobot

アメリカのSBIR制度によって成功したスタートアップとしてSBIRのホームページではiRobot、Qualcommなどが紹介されています。

iRobotは、家庭用自動掃除ロボットの世界的なメーカーとして知られていますが、2001年から2009年にかけて、国防総省(DoD)のSBIRでフェーズ1は17件採択され、うち8件がフェーズ2に進みました。STTRにも取り組み、2件取り組みその両方ともフェーズ2まで達成しています。SBIR/STTRプログラムでiRobot社に支払われた金額は1000万ドル以上に上っています。

iRobotのSBIR採択実績
左からフェーズごと、年次、省別(すべて国防総省)
左軸:採択数 右:獲得金額
https://www.sbir.gov/sbc/irobot-corp

iRobot社はDoDのSBIRを用いて、新しいセンサーとロボットのケイパビリティを高めるような開発を行い、軍用ロボットの開発・実用化に寄与しましたが、2016年に軍用ロボット事業を売却しました。現在は、軍用ロボット開発を通じて得た技術を活用しつつ成長を続けており、SBIRを利用していた2000年代には高くても約3億ドルだった売り上げも、2018年には民生用ロボットのみで11億ドル弱にまで達しています。

日本版SBIR

日本でも「中小企業技術革新制度(日本版SBIR)」が1999年から実施されています。日本版SBIR制度は、中小企業等経営強化法に基づき、中小企業者・起業者に対して、研究開発に関する補助金・委託費等の支出の機会の増大を図るとともに、その成果の事業化を支援する制度です。

具体的には、国等の新技術に関する研究開発予算のうち、中小企業者等向けのものを「特定補助金等」として指定するとともに、毎年度、「特定補助金等の支出目標」や、「支出機械の増大のための措置」、「研究開発成果を利用した新たな事業活動を支援する措置」等を定めた「交付の方針」が閣議決定されています。(特定新技術補助金等・指定補助金の一覧 https://sbir.smrj.go.jp/about/hojo.html

日本版SBIR
出典:「研究開発型中小企業・スタートアップを巡る現状と課題」(2019年7月)

こうした現状の制度について、中小企業庁の研究会「日本版SBIR制度の見直しに向けた検討会」の第1回で提出された資料「研究開発型中小企業・スタートアップを巡る現状と課題」(2019年7月)では、次のような問題点が指摘されています。

●支出目標が形骸化(特定補助金の中身を見ると、研究開発支援としての関連性が必ずしも高くない事業や、受取先の大部分が大企業向けのもの等が多く含まれており、研究開発型SMEへの配分は、ごく限られている)

●統一ルールが形骸化(交付の方針の多くが、努力目標であって義務ではなく、実態として、担当各所は個別に制度設計・執行を行っている)

●フェーズ1にあたるF/S支援の予算が少ない(米国SBIRにおいて、フェーズ1はフィージビリティ・スタディ(F/S)の支援を目的としているが、日本の特定補助金の中では、このフェーズ1に該当するプログラムが限られている。フェーズ1に当たる支出実績はアメリカ500億円に対して日本10億円である)

●公共調達を含めた事業化支援が無い(「交付の方針」において、「公共調達の促進」に関する事項も盛り込まれるが、これも具体的な手立てがなく、SBIRから公共調達に繋がっていないなど、研究開発を支援したプロジェクトの事業化に繋げられていない。フェーズ3での調達実績はアメリカ500億円に対して日本0である)

SBIR制度の抜本見直しと公共調達の促進

こうした課題を踏まえ、「スタートアップ育成5か年計画」では、

●国・関係機関が創業10年以内の中小企業から調達する物件・工事・サービスの契約比率を、2020年の1%程度(777億円)から、可能な限り早期に3%以上(3000億円規模)にする

●フェーズ1、フェーズ2で現在70億円でスタートアップの研究開発を支援しているが、これを拡充するとともに、新たにフェーズ3(大規模技術開発・実証段階)も支援対象に追加する

●内閣府を通じて新たに5年分2000億円(年間400億円)の基金を新規造成し、フェーズ3をバックアップする

●地方自治体による公共調達を促進するため、書類の統一化、手続きのオンライン可、調達の参加要件の見直しなどを行うほか、行政がITサービスの調達を行いやすくなる「デジタルマーケットプレイス」を2023年度中に実証、早期の導入を目指す

などの取り組みが挙げられています。

中小企業からの調達「3000億円」という数字は、アメリカのSBIRの予算額に匹敵する数字となっています(2017 年度26.73 億ドル (約 2,916 億円))。フェーズ1、2、3すべてで支援を強化することを示していますが、特にフェーズ3について注力するのは、前回紹介したユニコーン創出促進を意図したものでしょう。

「デジタルマーケットプレイス」については、英国やオーストラリア、カナダなどが既に導入しており、英国では導入前の09年に政府のIT調達の8割を大企業18社が占めていましたが、導入後の19年に大企業のシェアは5割まで下がり、中小企業が4割に増えたといいます。

また、総務省などのデータによると、日本の国と地方のIT調達額は20年に計1.5兆円程度と見込まれることから、多様な企業に門戸を開けば産業振興につながり、特定のIT企業に自治体が囲い込まれコスト増を招くといったしがらみを断ち切れるとの期待もあるといいます(日本経済新聞2023年1月13日「ITの公共調達、大手依存を脱却 新興含む一覧サイト新設」)

制度は相互補完するもの

清水洋「イノベーション」(2022年、有斐閣)では、アメリカのSBIR制度を模倣して上手く行かなかった理由として、SBIRを相互補完するような制度がないこと(SBIRのみを取り入れたこと)を指摘しています。

例えば国防総省では、国防高等研究計画局がSBIRの前段階の研究開発の支援も行っています。次世代の国防の要となるような基礎研究や新規性の高い研究開発プロジェクトを支援してきた結果、過去にはインターネットやGPSのような基盤技術を生み出してきました。加えて、SBIR後のエクイティ・ファイナンスや流動性が高い労働市場などが相互補完的に機能して、SBIRが上手く機能している、としています。

5か年計画でも、我が国におけるベンチャーキャピタルの投資を拡大させるための支出、スタートアップへの円滑な労働移動のための施策、起業家による再チャレンジを後押しする環境の整備などがうたわれています。SBIR制度の成否は、こうした他の施策との関連も含めて評価にしていく必要がありそうです。


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