ヒット商品が生まれる理由

ヒット商品が生まれる理由

 例年この時期になると、今年のヒット商品、流行語など、今年話題になったものの特集が続々出てきます。私は前職の仕事柄、ヒット商品特集の雑誌はチェックしたくなり、ついつい毎年購入してしまいます。

 今年の雑誌「日経トレンディ」が選んだ2019年のヒット商品のベスト3は、「ワークマン」「タピオカ」「PayPay」でした。「タピオカ」と「PayPay」については、街中でも、テレビでもよく見たので妥当な気がしますが、「ワークマン」は私としては少し意外な結果でした。ちなみに一般消費者が選んだベスト3は「ラグビーW杯」「タピオカ」「PayPay」で、私としてはこちらの方がしっくりきました。

「ワークマン」の成功はプロ好み?

 ワークマンはもともと職人向けのアパレルを中心に扱う店舗ですが、2年前から「ワークマンプラス」という新業態をスタートさせ、昨年の秋からは大型商業施設にも出店を始めています。この店舗では、新規の商品開発を行って専用アイテムを投入するのではなく、職人以外の一般消費者にも受け入れ性の高そうなアイテムを選りすぐり、アウトドアショップを思わせる店頭づくりが行われています。この店舗のアイテムが若い女性を中心に評判を呼んだことで、既存店舗の集客力もアップし、この1年間は月間売上高が前年同月比2桁増を続けている、ということです。

 数年前から街でも着れるデザイン性の高いアイテムを少しずつ増やし、感触をつかんだうえで新業態を開始したようですが、「店舗戦略で隠れていたニーズを掘り起こす」というマーケティング活動で生まれた成功という点が、専門誌としての目線、プロの視点から高く評価された結果として第1位、ということなのだろうと思います。

製品の3つのレベル

 P.コトラー「マーケティング原理」(1982年、ダイヤモンド社)では、製品は「便益の束」であり、製品は3つのレベルで構成されている、としています。  ※ここでの「製品」は、市場に供給されうるすべてのもの(物理的財、サービス、人間、組織、アイデア)を含んでいます

【 P.コトラー「マーケティング原理」 内の図表より筆者作成】

①製品の核(コア)…「買い手が本当に買うのは何だろうか」という設問に答える製品レベル。中核となるベネフィット(便益)

②製品の形態…「製品の核」を買い手に具象的に表現するもの。パッケージング、特性、スタイル、品質、ブランド名など。

③製品の付随機能…「製品の形態」に伴って提供される付随的なサービスと便益。取付け、アフターサービス、保証、配達と信用供与。

 「買い手が本当に買うのは何だろうか」という設問に答える製品レベルというのは少しわかりにくいですが、マーケティングについて語られるときにたびたび紹介される有名な言葉「ドリルを買う消費者がほしいのはドリルではなく穴である」で示唆されるような、消費者が製品によって何がしたいのか、どうなりたいのかが、製品の核に当たります。

 この3つのレベルについて意識することには、大きく2つの意義があると思います。1つは、製品を特徴づける方法として、「製品そのもの」だけでなく様々な方法があるということです。例えば電器量販店の「ケーズデンキ」は、家電量販店で一般的な「ポイントカード」を採用せず、「現金値引き」にこだわることで他との差別化をしています。アマゾンが消費者に評価される理由の1つに、商品が届くスピードの速さがあります。小売業では、競合と品揃えで差別化することが難しい場合に、それ以外のどの要素で差別化するのかを考えることが重要になることがあります。

 もう1つは、製品を企画する際に、設定した「製品の核」を踏まえて、適切な形態、付随機能のデザインを行うことが必要である、ということです。このブログでも何度か触れていますが、特に製品の開発から販売までを分業で行おうとする場合に、「製品の核」とフィットしないやり方が選ばれてしまうことは少なくありません。

 今回のワークマンは、「製品の核」の部分を見つめ直して、それに合わせて「製品の形態」「製品の付随機能」を見直した例と言えるかと思います。これまでワークマンは、低価格・高機能なアイテムで、作業現場の職人向けに価値を提供してきましたが、この「低価格×高機能」な特長がアウトドアファッションを求める若者や快適に過ごしたいウェアを求める若者にも価値提供できると考えて、若者に受け入れてもらいやすいように「製品の形態」「製品の付随機能」をデザインし直したと言えます。

「デフレ型消費」の趨勢は変わらない?

 ワークマンは、誌面では「ポストユニクロ」として紹介されており、既存店舗も含めて店舗数はすでにユニクロを上回っているようです。ところで、かつてのユニクロは、「安かろう、悪かろう」「安いがファッショナブルではない」イメージの郊外型アパレルショップだったと思うのですが、それがいつの日からか「安くて品質が良い」「安くてスタンダード」そして「ダサくない」ブランドとして支持されるようになった、という印象を私は持っています。それは、大量出店大量生産によってコストを下げながら、品質向上やデザイン性の向上(安っぽいからベーシックへの転換)など、商品開発からオペレーション、流通に至るまでの様々なプロセスでの企業努力の結果であり、それ自体は素晴らしいものだと思います。

 一方で、ユニクロの躍進を支えている要因の1つに「終わらないデフレ経済」というマクロ環境があることは間違いないと思います。そしてこれからワークマンが躍進しようとしているということは、必需品である衣料品について支出を抑えようとする消費者マインドの傾向は変わっていないということで、これはデフレ経済下における典型的な消費行動であるように感じます。 個人的な願いとしては、来年のヒット商品ランキングには、安くはないけれど品質の良い製品、作り手の強いこだわりのある商品が上位に来てほしいと思っています。


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