行動経済学の知見【ナッジ】をビジネスに活用しよう

行動経済学の知見【ナッジ】をビジネスに活用しよう

 経済産業省のホームページで令和2年度の予算資料を確認していたところ、経済産業省がナッジ(Nudge)の活用した政策手法の活用推進を進めていることを知りました。さらに調べたところ、経済産業省は2019年5月21日のニュースリリースで省内に新たなプロジェクトチーム「METIナッジユニット」を設置することを発表しています。恥ずかしながら、まったく知りませんでした。今回は、このナッジについて掘り下げていきます。 

経済産業省「令和2年度 経済産業省関係 当初予算のポイント」を筆者編集
https://www.meti.go.jp/main/yosan/yosan_fy2020/pdf/keisanshoyosan1.pdf

「ナッジ」とは何か?

 ナッジは、経済的インセンティブではなく、行動科学の知見に基づく工夫や仕組みによって、人々がより望ましい行動を自発的に選択するよう誘導する手法とされます。ナッジという概念が一躍知られるようになったのは、2017年にシカゴ大学のリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞したことによります。

 行動経済学の研究者として知られるセイラー教授は、2008年にキャス・サンスティーン氏との共著で発表した“Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness”(日本語訳は『実践 行動経済学~健康、富、幸福への聡明な選択』(2009年、日経BP社))の冒頭にて、ナッジについて次のように書いています。

イディッシュ語のnoodge は、『厄介者、うるさく小言を言う迷惑者、不平ばかり言っている者』を意味する名詞である。一方、nudgeは『注意や合図のために人の横腹を特にひじでやさしく押したり、軽く突いたりすること』である。そのような形でnudgeする 人、つまり、『他人に注意を喚起させたり、気づかせたり、控えめに警告したりする』人は、 はた迷惑な泣き言をこぼしてばかりいるnoodgeとは似ても似つかない。

 つまり、しつこく注意するよりも、軽く後押しする、さりげなく注意するようなやり方のほうが、行動変容につながることがこの著書では紹介されています。

旧来の経済学の前提を疑う行動経済学

 同書には、「エコノ」と「ヒューマン」という2つの種が登場します。「エコノ」とは「ホモ・エコノミクス」(経済人)のことです。ホモ・エコノミクスとは、経済的合理性のみに基づいて意思決定し、個人主義的に行動する人間のモデルを指します。このような仮定を置くことで、経済学は人間の経済活動を様々に数式化することができるようになり、学問体系として発展しました。この仮定は非常にパワフルなものであるといえます。

 一方、人間には様々な制約があって常に合理的な意思決定ができるわけではない(限定合理性)ことに基づくのが行動経済学であり、限定合理性に基づくのが「ヒューマン」です。

 ヒューマンが意思決定の前提として行う予測には、様々な「バイアス」がかかります。そのようなバイアスとして同書で最初に紹介されているのが「現状維持バイアス」(惰性)です。これは、人間は現状維持やデフォルト(選択者が何もしなかったら選ぶことになる初期設定)の選択肢に従う強い傾向を示すというものです。

 そして同書では、「決して惰性の力をあなどってはならない」「その力は利用できる」とし、民間企業や政府当局がある施策・政策のほうがより良い結果を生みだすと考えている場合には、それをデフォルトに選べば結果に大きな影響を与えることができる、としています。

「デフォルト」の力

 経済産業省の検証でも、このデフォルトの力が伺える結果が出ているようです。2020年3月27日付経済産業省ニュースリリース(「ナッジを活用した庁舎内店舗におけるレジ袋削減の試行実験の結果を取りまとめました」)によると、今年7月1日から全国一律でレジ袋有料化が開始されることに先立ち、レジ袋削減に向けた試行実験が行われました。

 経済産業省、特許庁、財務省、外務省のそれぞれの庁舎内のコンビニ店舗において、消費者にレジ袋の要否に応じて「申告カード」又は「辞退カード」を提示してもらう実験です。店舗ごとに異なるタイプのカードを設定して、消費者に対するどのような働きかけに効果が見込まれるか、検証されました。

 結果として、「レジ袋を配布する」をデフォルト(初期設定)とし、不要な場合に「辞退カード」を提示してもらうようにした店舗では、取組の前と比べて辞退率がほとんど変化しなかったのに対し、「レジ袋を配布しない」をデフォルト(必要な場合に「申告カード」を提示してもらう)にした店舗では、辞退率が大幅に上昇しました。さらに、カードの設定を無くした後も、一定の辞退率を維持したということです。

カードの種類と辞退率(1/27~2/14にカード活用を実施)
https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200327016/20200327016.html

中小企業におけるビジネスへの応用

 販促やマーケティングの分野において、価格設定や商品ラインアップの構築、店舗における商品の陳列等々、行動科学や心理学に基づいたアプローチはすでに行われてきています。そうした手法とナッジは何が違うのか、ということについてはいくつかの考え方があるようです。

 すなわち、もともと消費者心理を考慮してマーケティングの現場で使われてきた戦術が、近年政府や自治体の政策運用に使われるようになっている、という見方もあれば、ナッジは公共政策において本来望ましい選択がなされるために使われるものであり、私企業の利益にしかつながらないマーケティングとは別物だ、という論もあるようです。

 いずれにしても、ナッジの知見に基づく施策は、ちょっとした工夫で顧客に働きかけができるかもしれない、という点にメリットがありますので、小さく試してみて、うまくいけば続ける、うまくいかなければ一旦止めて違う策を検討してみる、といったアプローチが有効です。

 中小企業が試せそうな例として、ここでは東京商工会議所発行の東商新聞2020年4月20日号のコラム「ナッジで行動を後押し第3回『マーケティングを効果的に』」に掲載されている事例を紹介すると、

・「当社のサービスは90%のお客様に評価されています」と「10人中9人のお客様に満足と評価されています」の表現では、後者の方が効果的

←数字を割合で示す場合と絶対数で示す場合では絶対数で示す方が効果があるという「フレーミング効果」を活用。ポジティブなメッセージには絶対数、ネガティブな情報は割合が良い(インパクトが小さく伝わる)

・コーヒーショップで「10ポイントで1杯無料」のスタンプカードと「12ポイントで1杯無料(ただしすでに2ポイント分押されている)」のスタンプカードでは、後者のスタンプカードの方がコーヒーの購入頻度が高い

←人は目標に近づくほど達成するために多くの努力を払うようになる「目標購買仮説」を活用

 他にも、インターネット上にはマーケティング分野に関わらず多くの事例が紹介されていますので、ぜひ探索して、皆さんの事業で活用できそうなものから試してみてはいかがでしょうか。


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