5月13日にソニーが決算発表を行い、その報道で「ソニー、サブスクが下支え エレキ減速も営業3割減速」との日本経済新聞の記事を見て、今回はこの記事から展開しようと思っていたのですが、その後「金融事業の完全子会社化」「ソニーグループへの社名変更」とニュースが続きました。以下は、5月20日付日本経済新聞の記事からの抜粋です。
ソニーの「リカーリング」比率は19年度には約5割と、15年度の35%から上昇した。新型コロナウイルスの影響でテレビやカメラなどの製品出荷や映画や音楽などのコンテンツ制作が難しくなるなかでも、リカーリングモデルが全体を支える。21年3月期も現段階では3割減益程度にとどまるのとの見通しを示す。
金融事業は銀行と生損保、介護事業で構成する。どれも顧客との長期の関係が前提だ。(中略)ソニーは2012年に平井一夫前社長が就任した後、事業構造改革を進めてきた。リチウムイオン電池やパソコン事業を切り離した一方、映画などコンテンツ事業は株主から売却を要求されたが温存した。この集中と選択の基準となったのはリカーリングだった。
同社の主要セグメントで唯一、リカーリング関連ビジネスがなかった半導体画像センサーの領域にも広がる。19日には米マイクロソフト社と人工知能(AI)を使った画像解析サービスを始めると発表した。ソニーの画像センサーとマイクロソフトのAIを組み合わせ、カメラで情報を得てクラウドで処理するまでの流れを効率化する。(中略)25年度までに、半導体画像センサー事業の売上高の3割をリカーリングモデルに置き換える考えだ。
(日本経済新聞電子版 2020年5月20日「ソニー、金融子会社化の裏に『脱・売り切り』の思惑」)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59311760Z10C20A5X11000/
ソニーは2009~2014年度の6年間で5度の最終赤字を計上し、この間の累積赤字は9000億円以上に上りましたが、その後業績は回復し、現在の時価総額は国内6位、家電業界トップです(2020年5月22日現在)。この業績回復の要因としてしばしば紹介されるのが、ソニーが「リカーリングモデル」の事業を強化したことである、と言われます。
「リカーリングモデル」とは、1人の顧客から継続的に収益を稼ぐビジネスモデルのことを指します。商品を売って終わり、といういわゆる「売り切り」(物販モデル)と対称的に位置付けられるモデルと言えます。この記事を見ると、今回の一連の動きに通底しているのは、ソニーが「リカーリングモデル」をベースにした経営にシフトを進めてきたことであり、そして今後もその傾向を強めていこうとしていることが分かります。
リカーリングモデルのバリエーション
近年耳にすることが多い「サブスクリプション」も、リカーリングモデルの一形態と位置付けられます。昨年発売された兵庫県立大学教授の川上昌直氏の著書『「つながり」の創りかた――新時代の収益化戦略リカーリングモデル』(2019年、東洋経済新報社)では、リカーリングモデルに含まれる収益化モデルが「リカーリングマップ」として紹介されています。マップは、「継続の拘束力」(ユーザーの継続利用に対する拘束力の大きさ)と「利益回収の時間」(企業が利益を回収しきるのにかかる時間)の2軸で構成されています。
リカーリングという言葉が用いられる前から売り切りでない収益モデルは存在しており、ジレットモデルと紹介されることもある「レーザーブレード」(消耗品で継続的に販売する)や「リース」がこれに当たります。また、ファン化した消費者が繰り返し特定企業の同じカテゴリーの商品・サービスを購入することを「リピーター」としてリカーリングモデルの一つとして位置づけられています。これら旧来的なモデルは、「継続の拘束力」と「利益回収の時間」が比例関係にあり、いわば企業とユーザーが対等な関係にあることが特徴です。
そして、リカーリングモデルが注目される要因になった、近年新しく生まれてきた形態として「フリーミアム」と「サブスプリクション」が紹介されています。これらは、「継続の拘束力」はきわめて小さく、「利益回収の時間」は長いモデルです。「継続の拘束力」についていえば、「フリーミアム」は無料サービスのみを使用することも可能で有料オプションを購入するかしないかがユーザーに委ねられていますし、「サブスクリプション」も、契約書の存在するリースと比較して、継続利用の意向を示すこと(利用登録)で利用できます。このように、「フリーミアム」と「サブスプリクション」は「ユーザー有利」なビジネスモデルであり、それゆえにこれらのモデルが注目され脚光を浴びることになったという指摘は、なるほどと思います。
ものづくり企業がサブスクリプションを手掛ける難しさ
ソニーはもともとハードウェアを販売する企業ですが、家電やアパレルなど商品のサブスクリプション(川上教授の同著では「モノ系サブスクリプション」と呼ばれています)については、音楽、動画からビジネス領域に至るまで広がっている「デジタル系サブスクリプション」に比べての難しさについても指摘があります。それは、モノ系サブスクリプションは、保管コストやメンテナンスコスト、商品を交換するたびに掛かる物流コストなど、限界コストがゼロに近いデジタル系サブスクリプションとは異なり、「モノ」を扱うことにコストが掛かることにあります。
このコストを回収するためには、月々の課金額を上げるか、回収期間(=契約期間)を長く維持するか、いずれかに成功しなければなりません。月々の金額を上げるとそもそも顧客獲得が難しくなるので、確実な回収のために最低契約期間を設ける例も見られますが、そうするとそもそも「リース」と変わらない形態になり、サブスクリプションが本来持つユーザーに利点が失われてしまいます。
こうした背景から、リカーリングモデルの成功のポイントは、いかにユーザーと良好な関係を築き、長く利用してもらうかという「継続性」に突き当たるといいます。そして、長く利用してもらえる「関係性」構築のために企業がユーザーに働きかけていく必要性を、同著では説いています。
最適なリカーリングモデルを設計するために
ソニーのリカーリングモデルの展開状況を見ると、エンタメ(映画、音楽、ゲーム)、金融は「サブスクリプション」、エレキは「レーザーブレード」が中心です(音楽や映画のIP活用については、IP自体の魅力で顧客を呼ぶので、「リピート」的な側面もあります。※IP=知的財産権。エンタメにおいては作品の著作権のこと)。
また、エンタメに関しては、ハードウェア企業であるソニーらしく、PlayStationなどのハードウェアを販売したうえで、サブスクリプションも購入してもらうという「ハイブリッド型」で展開している、という見方もされます(https://diamond.jp/articles/-/191994)。ソニーには長年培ってきたハイテクものづくり企業としての高いブランドイメージがあり、その価値を活用したうえで新しいビジネスモデルに取り組んできたことは、とても合理的であるように思います。
そして、リカーリングモデルの成功のポイントである関係性構築の部分について、エンタメに関してはコンテンツ(作品)の魅力が重要であり、こちらについても、時には本業ではないなどの批判を受けながらも、事業を続けて資産を形成してきた強みが効いているように思います。
シェアリングエコノミーの考え方が浸透するなど、「所有から利用へ」のシフトが進む中で、ビジネスモデルを検討するうえでリカーリングモデルについて考えることはこれからの経営者にはもはや必要不可欠であるように思います。ただし、プロダクトやサービスの特性とそれに対応する顧客の特性などによって、最適なリカーリングモデルは異なっており、ソニーや、リカーリングモデルで成功している他の企業を見ても明白です。
ビジネスモデルとしてリカーリングモデルの採用を検討する際には、
- リカーリングモデルを採用することによる「顧客のメリット」は何か(そもそもあるか)?
- リカーリングモデルを採用することによる「自社のメリット」は何か(そもそもあるか)?
- 顧客との関係性を構築するうえで活用できる自社の強みは何か?
まずは、これらの問いに対する答えを考えることから始めることではないでしょうか。
これからのソニーに期待すること
さて、5月21日の日本経済新聞に掲載されたソニー吉田社長のインタビューの最後、新型コロナの影響で長期戦略が変わるのか、という質問に対する答えの1つに『ライブ』を上げています。すなわち、「元に戻るか分からない中でライブができないならそれに対するソリューションは何か。テクノロジーの力で解決策を出していければと思っている」と。(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59324520Q0A520C2TJ1000/)
音楽、映画、ゲームのエンタメ事業と、エレキ、センサーなどのものづくり事業を持つソニーならではのソリューションが生まれるのか。かつてウォークマンでライフスタイルにおける音楽のポジションを変えたようなイノベーションを起こしてくれるのか、楽しみです。
また、全社が「ソニーグループ」という社名とする一方で、「ソニー」という社名はエレキ事業を束ねる中間持ち株会社に継承されるとのことです。これについては、エレキが「祖業の事業だからだ」と吉田社長は述べています。「ソニー」から次世代のエンタメの世界を切り開くプロダクトが生まれることを期待してしまいます。