2022年11月28日に開かれた第13回「新しい資本主義実現会議」において、「資産所得倍増プラン」とともに「スタートアップ育成5か年計画」が決定されました。(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai13/gijisidai.html)
政府広報オンライン「新しい資本主義を実現に向けて」では、実現するための取り組みとして「賃上げ・価格転嫁円滑化の取組」「人的投資の促進」「スタートアップ・社会的起業の支援」「地域活性化の取組」が挙げられており、「スタートアップ・社会的起業の支援」を具体化したものが、今回の「スタートアップ育成5か年計画」です。
5か年計画の目標
5か年計画では、まず、計画の実施による目標が示されています。
・スタートアップの投資額 現状(2021年) 8,200億円 →2027年度 10倍を超える規模(10兆円規模)
・ユニコーンの数 現状(2022年7月) 6社 →将来的に 100社創出
・スタートアップの数 現状(2020年) 1万社 →将来的に 10万社創出
そして、これらの目標を達成するため、次の大きな3本柱の取り組みを一体として推進していくとしています。
1. スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築 2. スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化 3. オープンイノベーションの推進
そして、「総合経済対策関係の主なスタートアップ支援施策」としてまとめられているように、スタートアップ関連の事業規模は約1.5兆円で、令和4年度補正予算としては約1兆円が計上されています。また、図表を見ると分かるように、施策は「創業→製品サービスのローンチ→EXIT」に至るプロセスを網羅的にカバーしています。
こうした予算規模、施策の幅広さを踏まえて、メディアなどで目にする今回の計画に関する有識者、業界関係者の方の評価としては、施策の重みづけに関する各論はあるものの、おおむね良好といえそうです。
オープンイノベーションの推進
3本柱として挙げられている項目のうち、「1.スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」「2.スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化」については、従来からあった国内のスタートアップ環境に関する問題点の指摘に対して、今出来得る限りの対応しているように見受けられます。
一方、「3. オープンイノベーションの推進」については、取り組みの説明の冒頭で「旧来技術を用いてきた企業が持続的に存続するのに、スタートアップと連携して新技術を導入することの有効性」を指摘しています。つまり、既存の大企業の存続を意識した視点、ひいては、日本経済の生き残りを意識しているのが、特徴的といえます。オープンイノベーションについては、このブログでも何度か取り上げています。
オープンイノベーションは、大企業とスタートアップという組み合わせに限らず、企業内部と外部のアイデア・技術を組み合わせることで、革新的で新しい価値を創り出すイノベーション手法と説明されます。海外における大企業のオープンイノベーションの例として、P&Gやフィリップスなどが知られています。
また、大手企業によるスタートアップの買収が、スタートアップのエグジット戦略(出口戦略)としても重要である、という論もあります。現状、日本におけるエグジットはIPOの割合が大きく、欧米に比べてM&Aの件数は圧倒的に少ないためです。
オープンイノベーション推進の具体的な取り組み
オープンイノベーション推進の具体的な取り組みとしては、9項目が列挙されています。
1. オープンイノベーションを促すための税制措置等の在り方
2. 公募増資ルールの見直し
3. 事業再構築のための私的整理法制の整備
4. スタートアップへの円滑な労働移動
5. 組織再編の更なる加速に向けた検討
6. M&A を促進するための国際会計基準(IFRS)の任意適用の拡大
7. スタートアップ・エコシステムの全体像把握のためのデータの収集・整理
8. 公共サービスやインフラに関するデータのオープン化の推進
9. 大企業とスタートアップのネットワーク強化
1の税制措置については、現在もスタートアップと連携して行う研究開発投資に関して優遇措置がありますが、これを拡充すること、またスタートアップの既存発行株式の取得に対しても税制措置を取ることなどが示されています。
4については、我が国の終身雇用を前提とした働き方、副業・兼業の禁止、新卒一括採用偏重といった雇用慣行を見直すことで、スタートアップへの人材移動を円滑にすることの重要性を指摘しています。
8については、大企業発のスタートアップ創出の観点からスピンオフの促進の重要性を指摘し、スピンオフを行う企業に持分を一部残す場合についても課税の対象外とするなどの措置について言及しています。
オープンイノベーションに関する学術的な研究
さて、既存の大企業がオープンイノベーションを活用することで生き残りが可能になるという考え方の1つの裏付けになるのが「企業年齢と成長」の関係です。多くの研究で、企業年齢と成長の関係が分析され、若い企業ほど成長する一方で、年齢を重ねるにつれて成長率が低下することが見いだされています(加藤雅俊著「スタートアップの経済学―新しい企業の誕生と成長プロセスを学ぶ」(2022年、有斐閣))。そして、この傾向は日本の企業でも同様に確認されています。
そこで、年齢を重ねた企業は自社で新たなイノベーションを起こして企業として持続する、さらに成長するために、スタートアップ企業の持つ新技術に頼ることが1つの方法である、という考え方が出てきます。「新しい資本主義実現会議」の議論の中では、従来のの破壊的イノベーションの議論では、旧来技術を用いてきた企業は新技術を用いて参入した企業に必然的に負けるとの議論がなされてきたが、旧来技術を用いてきた企業でも新技術と両方を用いた場合、持続的に存続可能であるという研究結果も示されていたようです。
オープンイノベーションの難しさ
事業会社(大企業)とスタートアップという組み合わせに限らず、異なる主体が協業・連携する場合には、組織文化(カルチャー)や価値観、ビジョンの相違などにより、容易にその取り組みに成功することは難しいといえます。ただ、大企業とスタートアップ企業の協業・オープンイノベーションについては、これまでも必要性が指摘され、多くの取り組みが行われており、その中で、多くの成功事例・失敗事例も生み出され、その知見が共有されつつあります。
経済産業省は、2017年に「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き 初版」を発表しました。さらに、2018年には事業会社側のベンチャー企業との連携事例に焦点をあてた第2版を、2019年には、連携を進める方法の一つとして注目が集まっているコーポレート・ベンチャーキャピタルに焦点をあて、コーポレート・ベンチャーキャピタル活動における課題の整理とその解決策について手引きとしての第3版を発行しています。(https://www.meti.go.jp/press/2019/04/20190422006/20190422006.html)
今後、オープンイノベーションの推進を更に推し進めるのであれば、引き続き先行事例の知見を集約して共有していくこと、オープンイノベーションの成果についても的確に計測して評価し、施策のブラッシュアップを図っていくことが求められるでしょう。