今週、自社製品の開発に取り組みたい、という経営者にお話を聞く機会がありました。特殊部品や試作品の金属加工を短納期に対応できることを強みとしている企業でしたが、新しいことに取り組みたいという思いの背景には、自社がやっている事業で10年後同じだけ売上を上げられる保証はない、自分の会社がなくなってしまうかもしれない、という強い危機感があることを感じました。
2017年の中小企業白書ではテーマの1つに「新事業展開の促進」があり、新事業に取り組む企業の特徴や展開におけるポイントなどがまとめられています。例えば、新事業を検討した背景については、「新しい柱となる事業の創出」「顧客・取引先の要請やニーズへの対応」、「他社との競争激化」「既存市場の縮小・既存事業の業績不振」といった項目が上位になっています。中小製造業では、金属加工、樹脂加工、電子組立など、特定分野の工程に特化している場合が多く、1つの企業や1つの業種に売上を依存してしまいます。そのような場合、自社の売上が取引企業の経営状態や業種の景況の変動に左右されてしまいます。また、国内の大手企業の下請け・孫請け(直接の下請け(元請け)企業からの仕事を受けること)をしている企業も多いですが、今後も安定した取引を確保できると見通せるような状態にある大手企業も、決して多くありません。
まずは「製品コンセプト」を設定する
以前のブログでも紹介しましたが、私は2015年に「中小製造業の自社製品開発」をテーマに修士論文を執筆しました。
中小製造業者と一言にいってもその業種、業態、規模は様々ですが。私が取材したのは従業員20名くらいまでの小規模な企業が中心です。そうした企業が、大企業からの下請のみの業態から、どのように自社製品を持つに至ったのか、そのための必要となる能力や経営資源をどのように獲得してきたのかなどを考察したものです。
私の研究では、製品開発を大きく3つのプロセスに分解しました。製品開発を行う上では、まずどのような製品を開発するのかという「製品コンセプトの設定」が求められますが、取引先からの図面や指示に基づき、保有する工作機械などで加工を行うという業務をもっぱらにしている企業は、「自社で何を作るか」というテーマを設定することは容易ではありません。
そして、製品のコンセプトの定義の考え方は色々ありますが、技術に強みを持つ製造業者が、自社の固有の技術を生かした製品を作りたいという場合のコンセプト設定は、「誰に(ターゲット )」「どんな役立ち、価値を(ベネフィット)」「どんな技術手段を使って届けるか(アイデア)」この要素の組み合わせを決めることであると私は考えています。
何をコンセプト発想の起点にするか
私の研究の中では、この「製品コンセプトの設定」の起点をどこに求めるかについて、大きく4つのパターンがあると分類しました。
(a)経営者(従業員)自身または家族が有するニーズに特定する… 経営者・従業員もしくはその家族が欲しいと思う製品を構想し、製品化する
(b)専門家との連携・専門家への密着からニーズを探索する… 専門家(医者、芸術家の専門技術を持つ人)と密に連携して彼らのニーズを探索し、ニ ーズに応えるような製品を開発する
(c)取引先や外部企業のニーズに応える… 取引先からの要望や外部企業からの製品開発に関わる依頼を受け、製品開発を行う
(d)販路を有する外部企業と協業する… 販路を有する外部企業に営業・マーケティングのプロセスについて協業する
これらのパターンの違いは、「どこにニーズがあるか」の違いであり、「開発者とニーズがある場所の距離」の違いです。(b)~(d)の場合は、まず何か解決したいニーズのある主体(企業、専門家)を探す(出会う)ことが必要になりますが、「(a) 経営者(従業員)自身または家族が有するニーズに特定する」場合には、ニーズを持っている人=製品のターゲットは自分自身、または目の前にいるので、ニーズを徹底的に掘り下げて、どのニーズにこたえるベネフィットを特定することで、製品コンセプトを設定することに近づきます。そして、自社の技術をどのように活用してベネフィットを達成することができるかを考えることで、製品コンセプトが設定できることになります。
もっとも、「自分が欲しいものを具現化すれば売れる」ということではありません。自分が欲しい商品が「売れる商品」になるためには、自分と同じような人が市場にいて、その人たちが欲しいと思ってくれなければならないからです。したがって、例えば自分の趣味に関わる製品を作りたいと思った場合、その趣味はちょっとした人並みの趣味ではなく、こだわりを持っている趣味、マニアと呼べるくらいのレベルの趣味であることが必要です。マニアが気に入る製品は、大ヒットにはならなくても、少しずつ売上を稼ぎ、長く愛され続ける製品になる可能性があります。
中小企業の製品開発は「デザイン思考」を活用できる
ところで、このブログで何度か紹介している「デザイン思考」に基づいて事業開発を行う場合の最初のステップは「ユーザーについて徹底的に知ること」でした。製品コンセプトの起点をどこに求めるにしても、この「ユーザーについて徹底的に知ること」が重要になることは言うまでもありません。
規模の大きな企業であれば、マーケティングリサーチを重ねることでユーザーに「共感」するレベルまで行って、ニーズを深掘りすることができるかもしれませんが、中小企業で同様のことをすることは容易ではありません。したがって、ターゲットが自分、または目の前にいるという環境は、こうした大掛かりなマーケティングリサーチを行わずにユーザーニーズを深掘りできる点で、非常に良い環境といえます。
また、デザイン思考では「プロトタイピング」、つまり試作品を作って問題解決につながるか検証してみること、想定するターゲットに見せて受け入れ性を確認し、意見をもらってさらにアイデアをブラッシュアップさせることを重視します。多くの中小企業では、ビジネスについて思索する場所(事務所)と、ものづくりをする現場が隣り合っていたり、同じ場所であったりします。したがって、思い立った時にプロトタイプをすぐに作れるような環境にあります。 プロトタイプ製作にあたっては、作りやすい物を作ることに妥協することなく、自分の素直な声に従ってものづくりをする姿勢が大切になるでしょう。
自分のこだわりが強い分野で自分のニーズを徹底的に掘り下げて試作品を作り、自分以外のターゲットユーザーにとっても魅力的な製品なのかを確認する。この繰り返しを重ねることで、自社の新しい柱となるような製品を生み出せる方法の1つです。
参考文献: 「中小製造業の自社製品開発に関する研究~製品開発プロセスの分析を踏まえて~」 2015年早稲田大学大学院商学研究科修士論文
https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=11497&file_id=20&file_no=1(直接PDFにリンクします)