夏季休暇、年末年始の休暇は、本を精読するのに良いタイミングです。一昨年のブログでは、数冊を取り上げて紹介をしましたが、今年は、何冊か読んだうちで一番印象に残った「ストーリーとしての競争戦略—優れた戦略の条件」(東洋経済新報社)について紹介します。本書は、2010年に発行された一橋大学楠木健教授の著作です。発行部数は20万部を超えているという、経営学の本としては定番中の定番です。
私自身は大学院に通っていた2014年ごろに一度読んでいるのですが、当時は、有名な本なので読んでみようという姿勢でモチベーションがあまり高くなく、精読したとは言えませんでした。また、本の中で「この本は最初から順番に読んでほしい」とのくだりがあるのですが、それを無視して読みたい順番で読んでいました。そのことがずっと引っ掛かっており、今回は最初から順に読み進めました。結果、初見のように楽しく読むことができました(汗)
紙の本としては500ページを超える本(1回目は紙で読み、今回はKindleでしたが)ということで、夏休みの課題としてはぴったりです。ということで、今さら、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、特に印象的な部分を中心に紹介します。
ストーリーとしての競争戦略とは
まず、タイトルでもある「ストーリーとしての競争戦略」に関する説明は、次のようにされています。
・競争戦略は、「誰に」「何を」「どうやって」提供するかについての企業のさまざまな「打ち手」で構成され、打ち手が他社との違いをつくるが、ストーリーとしての競争戦略は、さまざまな打ち手を互いに結びつけ、顧客へのユニークな価値提供とその結果として生まれる利益に向かって駆動していく論理に注目する。打ち手の間にどのような因果関係や相互作用があるのかを重視する。
・個々の打ち手は「静止画」であるが、打ち手が因果論理でつながると、戦略は「動画」である。ストーリーとしての競争戦略は、動画のレベルで他社との違いをつくろうとする戦略思考である。
・ストーリーとしての競争戦略とビジネスモデル(システム)の戦略論との違いは、ビジネスモデルが戦略の構成要素の空間的な配置形態に焦点を当てているのに対して、戦略ストーリーは打ち手の時間的展開に注目している。戦略ストーリーの絵(図示したもの)は「こうすると、こうなる。そうなれば、これが可能になる…」という時間展開を含んだ因果論理になる。
「ストーリーとしての競争戦略」第2章 競争戦略の基本論理
また、戦略ストーリーの柱となる5つの概念を、「戦略ストーリーの5C」として紹介しています。
・競争優位(Competitive Advantage):ストーリーの「結」…利益創出の最終的な論理
・コンセプト(Concept):ストーリーの「起」…本質的な顧客価値の定義
・構成要素(Components):ストーリーの「承」…競合他社との違い SP(戦略的ポジショニング)もしくはOC(組織能力)
・クリティカル・コア(Critical Core):ストーリーの「転」…独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素
・一貫性(Consistency):ストーリーの評価基準…構成要素をつなぐ因果論理
「ストーリーとしての競争戦略」表3・1 戦略ストーリーの5C
この5Cについて、詳細な説明が展開されますが、ここでは、今回特に印象に残った「クリティカル・コア」と「一貫性」について取り上げます。
「クリティカル・コア」
クリティカル・コアは、「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素(戦略の打ち手)」と定義されています。そして、クリティカル・コアの2つの条件として、「他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っている」ことと「一見して非合理に見える」ことを挙げています。
このうち、他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っているということは、「ストーリー全体の中核」「一石で何鳥にもなる打ち手」とも紹介されていますが、直感的に理解できる条件だと思います。一方、「一見して非合理に見える」ことは、最初少し違和感を持って頭の中に入ってきます。
ただ、更なる解説を読み進めていくと、やがて納得できます。「一見して非合理」が重要になる理由は、競争優位の持続性に関わっています。違いをつくっても、それがすぐに他社に模倣されてしまうようなものであれば、一時的に競争優位を獲得できても、すぐに違いがなくなり、元の完全競争に戻ってしまいます。そうなると利益が期待できないので、簡単にはまねできないような違いをつくるということが戦略の重要な挑戦課題となります。
そして、他社がまねできないような違いとして、「一見して不合理」であると、そもそも競合がまねをしようという動機を持たないので、まねされない、というのです。そして、この「一見して非合理」な打ち手は、ストーリー全体の文脈に位置付けると強力な合理性を持っており、ここにクリティカル・コアの本質があるとしています。
非合理な打ち手という「ジャンプ」
「一見して非合理」な打ち手を選択することは、本書の中でストーリーの「転」と紹介されているように、ストーリーを盛り上がりをもたらす、ストーリーを特徴づけることに繋がります。冒頭で触れた一昨年のブログでは、「夏休みの自由研究~思考を”ジャンプ”させる方法を学ぶ」と題して、生み出したアイデアやコンセプトを「ジャンプ」させる(発想を飛ばす)手法を、いくつかの書籍からピックアップして紹介しました。
私が「ジャンプ」の必要性を感じているのは、ロジカルな思考やプロセスを踏んで生まれるアイデアやコンセプトは、往々にして、正しいかもしれないが、どこかつまらない、あまり面白くない、新しさを感じない、というものに陥りがちと感じるからでしたが、一見非合理的な打ち手も、ストーリーに「ジャンプ」をもたらす原動力になるものであると感じます。
強くて太くて長い話が良いストーリー
戦略ストーリー5Cの「一貫性」(Consistency)に関しては、ストーリーが優れているということは、打ち手がきちんとした因果論理でつながっていることを意味しており、その評価基準となるのが一貫性です。一貫性の次元は「ストーリーの強さ」「ストーリーの太さ」「ストーリーの長さ」の3つなので、「強くて太くて長い話」が良いストーリーということになります。
「強さ」とは打ち手同士がしっかりとした因果を持っていること、「太さ」とは、1つの打ち手(特にクリティカル・コア)がいくつもの打ち手と因果で結ばれていることを示しています。また、「長さ」は、時間軸でのストーリーの拡張性や論理性が高い、すなわち、時系列で好循環の論理が生まれることを示しています。
本書では、良いストーリーを作り上げるためには、5Cでまとめられている通り、意図する競争優位のあり方を決め、コンセプト(本質的な顧客価値の定義)を決め、コンセプトにフィットする競争優位につながるような打ち手を丁寧に拾い上げてその中に「一見して非合理」な強力な打ち手を見出して他の打ち手と因果論理を繋いでいく、という作業が必要になります。そうした作業を通じて「強くて、太くて、長い話」を作り上げるとなると、これはなかなか骨が折れる作業だ、と印象を持たれる方もいるように思います。
ただし、本書では、ストーリーという視点が、戦略をつくる仕事を面白くするからこの視点が大切なのだ、と説明しています。「まずは自分で心底面白いと思える。思わず周囲の人々に話したくなる。戦略とは本来そういうものであるべきです」とも述べています。
フレームワークだけではできない仕事
多くの中小企業において、経営戦略は経営者が考えている、あるいは、経営者自身が考えるべきだという意識を持っていると思います。経営戦略を考えることは、経営者の責務ですが、「経営者の特権」とも言えます。自分だけの特権であるその仕事を、創造的で楽しい仕事にすることが、本書の狙いであるように読みました。
今日、経営戦略を考えるために、数多くの「フレームワーク」が紹介されています。この書籍が発行された2010年以降にもその傾向は続いており、私が大学生からビジネスプランの相談を受けたりビジネスプランのプレゼンテーションを見る中でも、そうしたフレームワークを使用しているものがどんどん増えてきています。
もちろん、こうしたフレームワークの有用性は私自身も認めています。MECE(必要な要素を漏れなく、ダブりなく挙げること)を満たしながら検討でき、整合性の取れた戦略やビジネスモデルの立案にも貢献すると思います。また、理路整然とした、スムーズなプレゼンテーションに寄与します。
ただ、フレームワークに依存し過ぎすると、ややもすると「空白を埋める」ことに意識が行ってしまい、構成要素のつながり(因果)が見えない戦略やビジネスモデルが出来てしまうリスクをはらんでいます。そういった状況に、2010年時点において、警鐘を鳴らしているようにも思いました。
本書の中にはいくつかの企業の具体例が紹介されていますが、今回はあえて引用しませんでした。興味を持たれた方は、ぜひ本を手にとって頂きたいと思います。