昨年の暮れくらいからでしょうか、経営者の方と「経営理念」の制定に関わる話をする機会が絶えず続いています。相手の規模や業種は様々で、経歴も起業したばかりの方、新たな事業を立ち上げた方、起業以来成長を続けている企業、すでに歴史のある企業までいらっしゃいます。また、この期間に経営理念をトピックとしたセミナーに登壇させていただいたこともあります。そこで今回は、経営理念を制定する意義についてご紹介したいと思います。
経営理念を制定する意義
経営理念の意義を経営者の視点で考えると、①自分自身のため②従業員への効果③外部の(従業員以外の)ステイクホルダーへの効果、に分類されます。
①自分自身のため
経営者、創業者にとっては、まずは自分自身のために制定する、という意義があるでしょう。経営理念を自身の心の拠り所とする、苦しいときに心を掻き立てるために制定することです。よく言われることですが、企業に1人しかいない経営者は「孤独」ですし、経営を続けるうえでは苦しいと感じる場面が少なくありません(しんどいことばかり、とおっしゃる経営者もいます)。
そんな時、「自分はなぜ事業を営んでいるのか」「自分の事業は社会にどのように役立つのか」ということを経営理念で確認できることで、前を向き続けることができるかもしれません。その意味では、自分のために作る経営理念には、自身が思う経営者として、また企業としての「ありたい姿」「なりたい姿」を表現されていることが大切です。
また、経営理念は経営戦略や事業展開の道標にもなります。事業拡大のために「多角化」を検討する機会があると思いますが、そんな折に「この事業は自分が手掛けるべき事業なのか」経営理念に照らして考えることで、判断ができるかもしれません。
②従業員への効果
企業は「組織」です。組織には、メンバーが集まる目的があります(※)。経営理念は、企業が何を目的として存在しているのかを示すものであり、従業員は自分が何のために仕事をするのか、自分の仕事の目的について理解することを助けてくれます。経営理念を従業員が正しく理解することで、従業員の意識の方向性を統合し、従業員の力を効果的に結集できることが期待されます。
また、人材採用という観点では、入社希望者は企業の経営理念を読んで、企業の進む方向性が自分の考えとあっているか判断できます。入社したあとに方向性の違いを認識して離職することになると、企業にとっても本人にとっても、不幸な事態です。
それから、経営理念には従業員の自立を促す働きも期待できます。経営理念という共通の前提があれば、社内の規則や規定を最小化できるという考え方です。中川政七商店取締役の緒方恵氏は自身のブログ(「中川政七商店のビジョンファースト経営について」https://note.com/keiogata/n/ne739c8a77b9e)の中で、ビジョンが正しく機能すると、ビジョン達成のためなら何でもやれるというチャレンジングな企業文化(Culture)が自然と育っていく、また、ビジョンは「企業文化」と「組織一体感」を育てる、と書いています。
つまり、ビジョン達成のために、従業員が自律的に考え、行動するようになる、ということになり、そのような雰囲気が、組織の一体感を生む、ということでしょう。
※アメリカの経営学者のチェスター・バーナードは1938年の著書「経営者の役割」の中で、提唱した組織が成立するための3つの条件として、「コミュニケーション」、「協働の意欲」、「共通の目標」をあげました。
③外部の(従業員以外の)ステイクホルダーへの効果
企業における外部のステイクホルダーとしては、顧客、取引先、地域、投資家など様々な主体があります。経営理念が浸透した企業は、こうしたステイクホルダーにポジティブな印象を与えることができます。
経営理念が明確で、従業員が理念の実践に努めている企業では、理念に適う商品やサービスが生み出されやすくなり、商品やサービスに一貫性が感じられるようになります。こうした一貫性は、顧客に安心感を与え、顧客の中に確固としたブランドイメージを醸成することにつながります。
また、魅力的な経営理念、ビジョンを持つ会社は、顧客や取引先、地域に応援してもらいやすくなります。社会性のある経営理念は、応援する動機になりますし、魅力的なビジョンを持っている企業であれば、将来の取引に関して明るい見通しを持ってもらえるでしょう。
私が今企業に浸透させたいと考えている「デザインマネジメント」の考え方では、企業、あるいはブランドに関わる全てのデザインに一貫性を持たせようとしますが、この一貫性のベースになるのは、まさに企業の経営理念に他なりません。
MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)で経営理念を定義する
「経営理念」の定義や考え方は企業によってさまざまで、呼び名としても「企業理念」「ウェイ」「クレド」「社是」「信条」などいろいろなものが用いられています。企業や経営者によってそれぞれの思いから呼び名を付けたり定義付けをして制定しているものと思います。
経営理念を検討する際に使われるよく知られた方法に、経営理念を「ミッション」「ビジョン」「バリュー」で整理する考え方があります。
ミッション(MISSION):企業の使命・責務・目的を表現したもの。「何のために、何をする」というように、目的とそのための行動で表現されることが多いです。
ビジョン(VISION):ミッションに基づく将来像(なりたい姿や)、志を表現したもの。「2020ビジョン」のように、ある一時点を示して表現されることもあります。
バリュー(VALUE):組織のメンバーが持つべき価値観や判断基準を表現したもの。組織の在り方を規定するため、メンバーが大切にすること、優先することを示します。また、ミッションやビジョンを実現するために顧客や社会に提供する「価値」を表現している企業も多いようです。
ミッション、ビジョン、バリューの関係性は下図のように理解することができます。つまり、ミッションに基づいて行動することで達成したい姿がビジョンであり、行動する上での日々の判断基準や顧客への提供価値がバリューである、と考えることができます。
経営理念の必要性を感じるとき
さて、企業において実際に経営理念が作られるタイミングは、企業によってまちまちです。ある調査では、
創業時 40%
創業5年以内 19%
6~10年 12%
11~20年 10%
20年超 15%
宮田矢八郎(2003年、ダイヤモンド社)「収益結晶化理論」より
のような結果がでていると言います。つまり、経営理念を制定するタイミングは創業時だけではなく、制定するのに遅すぎる、ということはないのです。
そもそも、事業を継続できている企業の経営者には経営を行う上での意思決定の基準があり、それをまとめる(言語化する)と経営理念ができることが多く、もともと存在したものを「明文化」「体系化」したタイミングにすぎない、と考えることもできます。
では、どんな時に経営理念を制定したいと思うのかと言えば、先ほど紹介した「意義」が経営者の中で認められた時です。例えば成長するベンチャー企業であれば、「創業メンバー」より創業後に入社したメンバーの方が多くなったときに必要性が感じられるようになった、という例が聞かれます。
創業時のメンバー間では創業への思いや事業の方向性について共有できていたので、成長に向かって一枚岩で進んでいくことができていたが、事業規模の拡大に伴って新しい人材を採用していった結果、創業メンバー間では共有されていたそうした思いを持たない(知らない、意識していない)メンバーが増えていくことで、企業としての一体感が失われたり、失われることに危機感を感じた時、今一度メンバー全員で共通の思いを共有する必要性を感じた、ということになります。
したがって、経営理念は「必要」と思った時が作るのに最適なタイミングと考えて、取り組んでみることをおすすめします。
(参考文献)
グロービス「MBAビジネスプラン」(1998年、ダイヤモンド社)
グロービス「競争優位としての経営理念」(2016年、PHP研究所)
坂上仁志「経営理念の考え方・つくり方」(2015年、日本実業出版社)