2022年度中小企業白書の注目トピック③「経営理念・ビジョン」

2022年度中小企業白書の注目トピック③「経営理念・ビジョン」

 2022年度の中小企業白書の第2章「企業の成長を促す経営力と組織」において紹介されている無形資産投資への取り組みについて紹介していく特集の第3回は、「経営理念・ビジョン」に関する記述に関して取り上げます。(株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」を主に用いて、中小企業における経営理念・ビジョンの浸透について分析されています。

経営理念・ビジョン策定の現状

 まず、経営理念・ビジョンについての説明として、ジム・コリンズ、ジェリー・ポラス両氏による定義(フレームワーク)が紹介されています。

・経営理念・ビジョンは①コアバリュー、②パーパス、③ミッションの三つの要素で構成される

・経営理念・ビジョンに基づいて、経営戦略、経営戦術が設定される

・優れた企業が持つ経営理念・ビジョンとして、「明確さ」(組織内できちんと理解されていること)と、「共有」(組織成員が賛同し、組織に浸透していること)の二つの条件を指摘し、これらが満たされることで経営理念・ビジョンが初めて真の効果を発揮する

・二つの条件を満たしていない組織は、取り巻く環境の変化や課題に対する経営戦略が曖昧となり、対症療法的な経営判断や戦術遂行とならざるを得ない

 調査企業における経営理念・ビジョンの明文化の状況として、87.1%の企業が経営理念・ビジョンを定めています。経営理念・ビジョンの内容について取引先属性別にも分析されていますが、BtoB、BtoCを問わず、「顧客満足、信頼獲得」を掲げる割合が最も高く、次いで「社員の幸福」、「社会への貢献・社会的使命」が高くなっています。属性による違いとしては、BtoC企業では顧客を意識した経営理念・ビジョンを掲げる企業がBtoB企業と比べて1割程度高くなっており、約9割が顧客からの信頼獲得を念頭に置いています。BtoB企業は、「高品質、技術・サービスの向上、イノベーション」を回答する企業がBtoCと比べて2割程度高くなっており、約6割が掲げています。

 また、経営理念・ビジョンの見直しに関する記述もあり、事業承継のタイミングで新たな企業理念を明文化し、現在は企業理念の上位概念(パーパス)を若手社員主体で検討を進めている企業事例も紹介されています。

考察1:パーパス

 経営理念・ビジョンについては、色々な形での定義があり、企業においても、体系や呼び方には違いがあります。このブログでは、経営理念をMVV、すなわちMISSION(ミッション)、VISION(ビジョン)、VALUE(バリュー)で整理する考え方を過去に紹介しました。

 今回の白書で紹介されている経営理念・ビジョンの体系は、「ビジョナリー・カンパニー」の著者として知られるジム・コリンズ、ジェリー・ポラス氏が考案した「コリンズ・ポラス式ビジョンのフレームワーク」です。近年「パーパス」「パーパス経営」に対する関心が高まっていることから、このフレームワークが取り上げられたものと思われます。「ビジョナリー・カンパニー」は、日本語の副題が「時代を超える生存の原則」となっている通り、長期に渡って好業績を残している企業の特長を研究しており、重要な要因の1つとして企業理念を大切にしているという特徴を指摘しています。

 日本でも近年、大企業を中心に策定されているパーパスは、MVVよりもさらに上位の概念の「存在意義」「存在目的」として定義されたり、「社会とのかかわり」「社会への貢献」を含む概念として定義されていることが多いようです。

日経電子版2021年11月29日より
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF281VT0Y1A121C2000000/

経営理念・ビジョンの浸透

 経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方について、①認知、②理解、③共感・共鳴、④行動への結びつき、という4段階に分けて確認しています。これによると、経営理念・ビジョンについて従業員が理解している企業は8割以上と確認されます。したがって、経営理念・ビジョンを明文化している企業の多くは、ジム・コリンズ、ジェリー・ポラス両氏が指摘した優れた経営理念・ビジョンの第1条件である「明確さ」の条件を満たしていると指摘しています。一方、従業員の自律的な行動にまで結びついている企業は5割を下回っており、優れた経営理念・ビジョンの第2条件である「共有」すなわち組織における浸透を課題とする企業は少なくないと指摘しています。

 経営理念・ビジョンに対する従業員の受け止め方や反応別に見た、経営理念・ビジョンの浸透状況を見ると、従業員が経営理念・ビジョンに共感・共鳴して行動に結びついている企業は、経営理念・ビジョンが全社的に浸透している割合が7割以上となっています。他方で、行動に結びついていない企業においては、全社的に浸透している割合が3割を下回っています。すなわち、行動へ結びつくステップから遠いほど、全社的に浸透している割合は低くなっており、階層を問わず全社的に浸透させていくには、経営理念・ビジョンを組織内の認知から行動へと着実にステップアップさせていくことが重要と考えられる、と指摘しています。

 経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透に向けて取り組んだ行動・取組を見ると、全社的に浸透している企業は「従業員との日々のコミュニケーションでの啓もう」に5割以上が取り組んでおり、全社的に浸透している状況に近づくほど、取り組んでいる割合が高い傾向も確認されます。したがって、個別のコミュニケーションによる社員の理解度の底上げは、浸透尺度を高める一因となると考えられるほか、社員の意見を通じて納得感のある経営理念・ビジョンを再整備・発展させていくヒントにもつながっていると示唆されると指摘しています。また、「社内研修などを通じた教育」も全社的に浸透している状況に近づくほど、取り組んでいる傾向にあり、従業員に対しても社内での教育を図ることによる効果が示唆されると指摘しています。そして、全社的に浸透している企業は、いずれの行動・取組についても総じて取り組んでいる傾向にあり、経営理念・ビジョンの浸透に悩む企業は自社の状況に照らして効果的な取組を幅広く取り組んでいくことも重要と指摘しています。

 経営理念・ビジョンの浸透状況別に見た、浸透による効果を見ると、全社的に浸透している企業が総じて効果を実感している傾向にあることが分かります。従業員に与えた効果として、自律的な働き方の実現やモチベーション向上を実感する割合は全社的に浸透している状況に近づくほど、高い傾向となっています。また、従業員の自社への愛着度の向上(自社に対するエンゲージメントの高まり)も見て取れます。経営理念・ビジョンが浸透したことで、従業員の行動変容につながり職場の活性化に寄与している様子がうかがえる、と指摘しています。

 また、企業自体の事業活動に関する効果として、経営判断のよりどころとなっている割合も全社的に浸透している状況に近づくほど、高い傾向となっており、自社の存在意義や目指すべきゴールに対する従業員からの賛同を得ていることで、経営理念・ビジョンに軸足を置いた経営判断を下しやすくなった可能性も考えられる、と指摘しています。また、顧客・取引先との関係強化についても同様の傾向が見られることについて、ステイクホルダーを念頭に置いた経営理念・ビジョンを掲げる企業が多い中で、組織全体がステイクホルダーとの関係を意識した企業活動を行っている結果、対外的な関係強化につながったと考えられる、と指摘しています。

考察2.経営理念を浸透させる取り組み

 「浸透に向けて取り組んだ行動・取組」の選択肢として挙げられている項目は、大きく次の3つに分類することができます。

①経営者/経営層からの問いかけ…従業員との日々のコミュニケーションでの啓もう/経営者による年頭挨拶や社内会議での訓示/経営者による率先垂範

②日常業務の中での「見える化」…自社ホームページでの掲載/社内のパネルやポスターなどでの掲示/社内報やパンフレット、メッセージカードの配布

③行動に落とし込むための活動…社内研修などを通じた教育/経営理念・経営ビジョンに基づく規範・ルールの策定

 まずは経営者・経営層が日頃から発信・啓もうを行い、従業員が常に意識できるように見える化しておく、さらに、行動に落とし込めるような研修の実施やルール(行動指針)の設定、こうした一連の取り組みを継続的に実施していくことで、①認知⇒②理解⇒③共感・共鳴⇒④行動への結びつきへと、従業員への浸透・深化が図られることが期待されます。

 また、行動に落とし込み定着化させるための取り組みとして、「理解度・定着度をテストする」「理解度・行動への反映を人事考課に反映する(経営理念・ビジョンに則した行動を適正に評価することで、行動への結びつきを促す)」ことを導入している企業もあります。こうした制度も、前回紹介したHRTechの活用によって導入しやすくなっています。

(出典)中小企業庁「2022年中小企業白書」


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