”Zoom”が急速に普及している理由

”Zoom”が急速に普及している理由

 新型コロナウイルス対策のため、日本でも海外でも、Web会議の活用が急激に進んでいます。その中で一番注目されているサービスは”Zoom”でしょう。新規利用者を一気に獲得し、ユーザー数を急速に拡大しているようです。

 Zoom Video Communications, Inc.は2011年創業で、2019年4月にNASDAQに上場しました。IPO企業の多くが赤字で上場する中、黒字で上場したことでも話題になりました。先月の決算に関する発表では、2020会計年度通期(2020年1月期:2019年2月~2020年1月)では、売上高は前年同期比約88%増の約6億2270万米ドルに達することが報告されています。

 この決算には新型コロナウイルス対策による需要増はほとんど影響しておらず、この影響が加わる来期の売上高は前期比45~47%増になると見込んでいます。

四半期ごとの売上高推移(Zoom発表)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/18/07234/?SS=imgview&FD=2638409

 Web上での評価を見ると、通信画像・音声の良さ、ユーザーインターフェースがシンプルで操作が難しくないことなどが評価されているようです。確かに、URLをクリックするだけで参加できるという手軽さは、他のWeb会議アプリや、過去体験したことがあるテレビ会議システムなどと比較して圧倒的に魅力的だと思います。

 今回は、Web上で公開されているメンバーのインタビュー記事から、Zoomが爆発的に普及している要因について考察してみたいと思います。

ユーザーの不満を解消したい思いで創業

 Zoomが成功した要因としてまず注目すべきは、Zoomの創業者・CEOと初期エンジニア達が、もともとCisco社のWeb会議システムWebExのエンジニアである、ということでしょう。創業者・CEOのEric Yuan氏は、WebExがCiscoに買収される以前、WebExの開発スタート時からのエンジニアであり、Zoom創業前にはWebExの技術部門のVice Presidentを務めていた人物です。その意味で、ビデオ会議・Web会議システムに精通している経営者と開発者集団であったことが、当社の技術的な強みを支えていることは間違いありません。

 そのうえで、インタビューの中で注目するのは、まず次のくだりです。

 私は1997年から最初のエンジニアの一人としてWebExの開発を担当しました。そしてWebExがCiscoに買収された後、最終的に技術部門のVice Presidentを務めました。しかし当時、ユーザーにヒアリングをしたところ、WebExには誰も満足していないとわかったのです。

 その時私が思ったのは「私がこの問題を作った」ということでした。そしてとても恥ずかしく思いました。自分が約14年間かけて作った製品が誰にも好かれていなかった。毎日会社へ行くのも嫌になるくらいでした。最初は問題を解決するため、WebExの再構築をCisco内で提案しました。しかし会社を説得することができず、Ciscoを去ることを決めたのです。

【CEO独占インタビュー】なぜZoomは世界中で好まれるビデオ会議になったか?(2019年6月5日、TECHBLITZ特集ページ)

 つまり、ユーザーの不満を解消したいという強い思いが創業の動機となっており、サービス開発のベースにあることが大きなポイントと言えます。

大手企業ではできないチャレンジ

 また、ユーザーが既存のビデオ会議システムに満足していなかった理由については、Eric氏は次のように答えています。

「なぜ、ユーザーはビデオ会議システムが嫌いなのか。

そもそも音声とビデオのクオリティが、とても低かったことが第一の原因だ。またせっかくビデオで会話ができても、手元資料が上手にシェアできない。さらにハードウェア機器を含めて、システムは大規模で高価であるーー。

問題は数え切れなかったが、不思議なことに、どのライバル企業のシステムも同じような欠陥を抱えていた。だとすれば、大きなチャンスでもある。」

しかし、システム設計をゼロから変えようというヤンの改善策について、シスコは消極的だった。地道に音声やビデオを磨くのではなく、会議システムをSNSのような、ネットワークサービスにしようと計画していたからだという。

2019年8月8日、NewsPicks特集ページ
https://newspicks.com/news/4115920/body/

 「音声とビデオのクオリティ」を改善することは、ビデオ会議システムの本質的な価値であるように思えますが、「システム設計をゼロから変えようという改善策」を考えていたということは、Zoomの開発は既存システムの延長上にはなく、いわば非連続なイノベーションであった、ということになります。

 一方、顧客満足度が必ずしも十分ではないとしても、事業としてはそれなりの成果を出しているWebExについて、設計をゼロから始めるほどの必要性をCiscoの経営陣は感じることができなかったのでしょう。私は技術的な領域については詳しくないので推測の域を出ませんが、メインプレイヤーの企業が着手しにくい改良ポイントだったのかもしれません。

ユーザーファーストなサービスを生み出す文化

 Eric氏は経営において大切にしているものとして、次のように述べています。

「私たちが最も大切にすべきことは、事業の拡大や増収ではなく、Zoomのカスタマー、製品そのもの、そして従業員です。そこからブレてはいけません。

ただ、事業拡大が第一目的ではないものの、事業拡大に対応できるサービスを初期段階から提供しています。事業を拡大するからサービスを改善するという考え方とは逆のアプローチです。また、Zoomではユーザーに対してだけでなく、社員同士がお互いを気遣いHappiness(幸せ、満足)をもたらすことを大切にしています。こうしたことも事業拡大において重要なことだと考えています。」

【CEO独占インタビュー】なぜZoomは世界中で好まれるビデオ会議になったか?(2019年6月5日、TECHBLITZ特集ページ)

 先ほど触れたように、そもそもZoomは既存のビデオ会議システムユーザーの不満を解消することを目的として創業しており、Eric氏とともにZoomに参加したエンジニアたちも、Eric氏のそうした思いを知ったうえで行動を共にしているはずですから、一体となって開発に邁進できるチームではあったと思います。

 それでも、「Zoomのカスタマー、製品、従業員を大切にする」「社員同士がお互いを気遣いHappiness(幸せ、満足)をもたらすことを大切にする」ことを明確に示したことで、より結束を高め、開発のベクトルを1つにすることができたのでしょう。

ZOOM HPより
https://zoom.us/about

デザインはシンプルに

 また、プロダクトマネジメント部門のリーダーであるOded Gal氏は、Zoomのデザインについて次のように話しています。

シンプルであることはとても重要なことです。操作性においてもシンプルで簡単だということは重要です。例えば、Zoomにはウェビナーで使う際に必要になるような高度な機能があり、こうした機能を使うには事前トレーニングが必要になります。しかし、一般的な使い方をするユーザーには不要な機能ですので、表示しないようにしています。ユーザーの必要に合わせて表示する機能を変え、シンプルなUIを基本としています。

https://techblitz.com/zoom-head-of-product-management/
(2019年6月6日TECHBLITZ特集記事)

 「UI/UXできるだけシンプルな方が良い」ということは開発者であれば当然考えることだと思いますが、ユーザー本位を大切にするエンジニア集団だからこそ、実際にユーザーが望むUI/UXとして具現化することができたのだろうと推測します。

顧客本位なサービスを具現化するビジネスのデザイン

 Zoomのサービスの成功について、ビジネスデザインの視点で整理すると次のようになります。

サービス:シンプルなUI/UXで操作性が良く、快適な会話ができるWebコミュニケーションシステム

サービスを支える開発チーム:Webコミュニケーションシステムについて技術的に精通するとともに、ユーザーニーズについて深く理解し、要望に応えようとするマインドセット(心構え)を持っている

開発チームが共有する価値・文化:「顧客、製品、従業員を大切にする」「Happiness(幸せ、満足)をもたらすことを大切にする」

 すなわち、より良いサービスは開発チームによって生み出されるわけですが、単に技術力が高いだけでなく望ましいマインドセット(心構え)をもったメンバーによって支えられており、それは、そのようなチームを育てた経営者の力量によるものと考えられそうです。

 ちなみに、複数のメンバーがインタビュー(2019年6月時点)の中で、日本では2020年の東京オリンピック開催で在宅勤務の必要性が生じてWeb会議が普及するはず、と答えており、もともと2020年は日本市場を攻略する年と位置付けていたことがうかがえます。それゆえに、結果的に数か月早くやってきた市場爆発の機会を捉えることができたのかもしれません。

 外部環境は企業がコントロールできないものであり、予想外に好都合なことも、逆に不都合なことも起こりえます。好都合な機会が発生したときにその機会を生かせるか、そしてそのまま成長し続けられるかどうかも企業次第です。

 今回の急速な普及によって、今後Web会議の活用がますます一般化することはほぼ間違いないと思います。一方、直近ではセキュリティ問題も指摘されているようですし、今後は競合がZoomを意識したサービス戦略、マーケティング戦略をさらに強化してくるでしょうから、引き続きZoomが高い成長を維持できるか、注目したいと思います。


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