最近、新聞である書籍の広告欄に目を奪われました。
「直感で発想 論理で検証 哲学で跳躍」
これは、現在国際大学の学長を務める経営学者、伊丹敬之氏が今月発表した本のタイトルです(「経営の知的思考 直感で発想 論理で検証 哲学で跳躍」東洋経済新報社)。経営の知的思考、というタイトルの通り、経営者が決断、経営判断する上でのプロセスについて書かれた本で、その要諦が「直感で発想し、論理で検証し、哲学で跳躍する」ということなのですが、簡潔にステップが表現されていて、何より語感としてとても小気味よい。とにかく、秀逸なタイトルだと思いました。早速、購入して読んでしまいました。
「哲学」があるから決断できる
このタイトルを見て、私が直感的に連想したのはコンセプト開発のプロセスであり、イノベーションのプロセスでした。このブログでも、意味のイノベーション、デザイン思考、マーケティングプロセスなど、コンセプト発想やイノベーション創出に関わる概念を紹介してきました。こうしたプロセスにおいて、今までになかった新しいコンセプトを生み出すために必要になると思われるのが「ジャンプ」、すなわち、今まで世の中にあるものと違ったり、クリエイティビティを感じさせるような「発想の飛躍、ジャンプ」であると思っているからです。
一方、この本における「跳躍」とは、そのような意味で用いられているのではなく、検証したアイデアを「経営者として決断して実行する」ことを指しています。どんなに論理を積み重ねても、論理で詰め切れないところは残るし、そもそも将来は不確実である。それでも行動を始めるとき(知的判断の領域から行動の領域に「跳ぶ」と表現されている)、不確実な未来に起こる困難や苦労を慮っても決断できるのは、経営者自身にそれを支える哲学があるからだ、としています。
この本で伊丹氏が挙げている哲学とは、それぞれの経営者が考える「世の中が動いている大きな原理」であり、「技術の道理(これからの技術のためにやるべき)」「世の中の道理(世の中のためにやるべき)」「人間の道理(経営者として、可能性がある以上やるべき)」といった思い、信念を指しています。
むしろこの本において、私が考える「ジャンプ」を表現しているのは、「直感で発想」の部分です。ヤマト運輸の小倉昌男氏が「宅急便」を発想したことや日清食品の安藤百福氏が即席ラーメンを発想したこと、これらは当時の業界の常識から考えると成功は難しいものや、そもそも世の中にまだ存在しないものであり、論理や哲学をベースとして生み出されたものではなく、直感というあやふやなものをベースとして生まれた、と強調しています。
もっとも、この直感については、「観察と経験の蓄積」「論理の蓄積」が基盤となり生み出されやすくなる、とも指摘しています。ほかにも、直感を刺激し、直感を回転させる、といった作業についても触れるなど、一連のプロセスを再現性のある、普遍的なものとして解釈しようとする試みがなされていて、とても野心的な著作であると感じました。
現場の「小さい哲学」を支える経営理念
さて、前回のブログで「経営理念」について紹介しましたが、この本では経営理念が大切である理由を「小さな哲学」の共通の指導理念になるから、としています。小さな哲学とは、組織のトップが行うような経営決断を支える哲学を「大きな哲学」としたときに、組織の小さな単位の責任者であるリーダーが行う決断を支える考え方を「小さな哲学」と呼んでいます。
ヤマト運輸は1976年に宅急便を開始した後も、業界の常識を打破するようなサービスを次々と発表し、取扱量を伸ばしてきましたが、そうした新しいサービスには、顧客の声を現場で聞くセールスドライバーや地方の社員のアイデア・提案によるものが多く含まれています。
そうした従業員の姿勢を支えているのが、ヤマト運輸(ヤマトホールディングスグループ)の経営理念体系にあります。ヤマトホールディングスグループのホームページには、「ヤマトは我なり」という社訓について、次のような解説が紹介されています。
ヤマトグループは、「人」を会社の一番大切な財産と位置付けています。それは、社員一人ひとりの創意や工夫、努力の結集がヤマトグループの企業としての価値を生み出しているからです。「ヤマトは我なり」という一文は、「全員経営」の精神を意味します。社員一人ひとりが「自分はヤマトを代表している」という意識をもってお客様やパートナーと接し、自ら考えて行動してほしい、という思いを表しています。自ら考えて行動することで会社は成長し、社会の発展に貢献し、自分や家族の幸福にもつながります。
ヤマトホールディングス グループ企業理念
https://www.yamato-hd.co.jp/company/philosophy.html
全員経営という考え方を象徴する事例の1つが、集荷・配送を行う従業員を「セールスドライバー」と初めて読んだのがヤマト運輸であるということです。セールスドライバーは、取次店の新規契約等の権限を有するなど、自主性が尊重されています。
また、ヤマト運輸の組織図は、「お客様・株主・お取引先・地域社会」が最上位にあり、その下に現場の部署が位置し、一番下に経営陣や株主総会が位置する構成になっています。これも、顧客志向・現場志向を有するヤマト運輸の経営理念を端的に表しているといえるでしょう。
経営理念を体現するのが経営者の仕事
ちなみに、ヤマト運輸の社訓は初代社長時代に制定されたものですが、「闘う経営者」とも呼ばれた2代目社長である小倉昌男氏は、新サービスを事業化する上でのハードルとなる行政による「規制」を撤廃するため、時には行政訴訟を起こすなど、アクションを取り続けました。こうした姿勢は、従業員が現場で顧客のため、地域社会のために働く原動力となっていたことでしょう。
経営理念に関しては、前回のブログで、作るタイミングは様々ということを書きました。それと同じ様に、「誰が作るか」についても、第一声を上げる、きっかけを作るのは経営者でしょうが、最後まで経営者1人で作る、経営陣・幹部と協力して作る、より裾の広く従業員みんなで作る、といったパターンが考えられ、どのパターンがベスト、というものではありません。
経営者1人で作れば、経営者の思いが色濃く反映され、従業員が経営者の思いをより明確に知ることができるでしょうが、反発する従業員も出てくるかもしれません。逆に多くの従業員の声を集めながら作れば、そのプロセスの中で従業員の理解が深まり、理念への共感は高まるでしょうが、経営者が創業において持っていた思いをすべて表現する、といったものにはならないかもしれません。「なぜ経営理念を作りたいと思ったのか」という理由を踏まえて、決めるべきことになります。
ただ、小倉氏の例を見ても、どのような形で制定されたものであれ、経営者は、経営理念を誰よりも深く理解し、体現する者でなければならないことは確かです。逆に今ある経営理念が体現できないのであれば、それは自分自身の問題なのか、それとも、事業や社会の現状に経営理念が合わなくなっているのか?見直してみる必要があるでしょう。