テスラは自動車に新しい「意味」を与えた

テスラは自動車に新しい「意味」を与えた

 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(ダイヤモンド社)の2020年8月号のテーマは「気候変動」です。ビジネスに関する最新研究や論稿が掲載される本書としては少し趣の異なるテーマであるように思われますが、サブタイトルが「顧客・人材・資金の獲得につなげる機会」とあるように、気候変動にまつわる事業環境の変化をどのように企業経営の機会として生かすか、ということがテーマになっています。

 日本では今月より、プラスチック製買物袋の有料化がスタートしました。プラスチックについては、海に流出したプラスチックごみが壊れて微細な破片(マイクロプラスチック)となり、魚介類などへの悪影響が懸念されることが報じられ、プラスチックストローを紙製に変えたり、ストローを使わずに飲めるカップに変更するカフェチェーンや飲食店も出てきました。環境問題に対する関心と環境問題に対する企業の対応が、注目される時期に入っているように思います。

米国人の気候変動の対する見方が変わってきた

 いくつかの論稿のなかで私が一番興味深く読んだのは、エール大学のアンソニー・ライゾロウィッツ博士のインタビュー「米国人は気候変動の問題をどうとらえているか」でした。エール大学の調査によると、現在のアメリカは、気候変動が現実のものであり、それが人類によって引き起こされているということを受け入れる人の比率が、過去最高になっているといいます。

 私は、大学から大学院にかけて、地球環境問題に関する研究を行っていました(研究、と言えるものかはともかく)。大学2年生だった1997年には京都でCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)が開催され、先進国及び市場経済移行国の温室効果ガス排出の削減目的を定めた京都議定書が採択されました。COP3にはアメリカも参加しており、削減目標も設定されましたが、その後、アメリカはその後京都議定書から離脱しています。

 これは、環境問題への取り組みが経済成長を抑制するという世論に加え、地球温暖化と温室効果ガスの増加の因果関係に懐疑的な主張が多くの科学者から出されていた、という背景がありました。そのようなアメリカにおいて、気候変動に対する見方が変化してきている、ということが、まず新しい発見でした。

テスラが電気自動車をステータスシンボルに変えた

 もう1つ興味深く読んだのが、サステナビリティ製品の普及に関する分析です。10年ほど前に博士が行った分析によると、当時のサステナビリティ製品は「従来の製品ほど性能が良くない」「通常の製品よりも割高である」という認識が消費者にあり、こうした認識が購入の障壁になっていたといいます。

 こうした風潮にインパクトを与えたのが、テスラモーターズです。博士は、かつてアップルがコンピュータのイメージを塗り替えたのと同じ、としています。アップルは、机の上の不格好な金属の箱型計算機を「ステータスシンボル」「芸術的デザインの一形態」に変えたのと同じように、テスラは電気自動車というカテゴリーと電化された未来を、美しく、クールで、現時点ではまだ高価ながらもより高性能なものに変え、電気自動車をアメリカの多くの場所でステータスシンボルに変えたのだ、としています。

 そして、消費者が企業に求めるのは、消費者が自らの価値観に沿って生活できるようエンパワーすることであり、自社の製品やサービスが、環境や気候に関する顧客の価値観の実現をどのように支援できるべきかを考えるべきだ、としています。

テスラは「未来の当たり前」

 テスラモーターズの成功要因については、色々な所で様々な分析がなされています。アメリカにおける気候変動への価値観の変化も一因としてありそうですが、「美しくクールなものに変えた」ことの寄与も小さくなさそうです。「テスラはユーザー視点からみた価値に優れ、価値の土俵を変えている」との指摘が、キヤノングローバル戦略研究所・櫛田健児氏のコラムで紹介されています。

 最も重要なポイントは、テスラは根本的に車の「価値」の付け方を変えている、ということである。

 シフトレバー(画面上)がパーキングに入った停止状態で操作性抜群の車内の大画面でチェスができるし、ネットフリックスも視聴できる。レーシングゲームでは本物のハンドルとアクセル、ブレーキを使うので、ゲームセンターさながらのリアル感が体験できる。クリスマスが近づくと「ホリデーモード」が使えるようになり、地図上にトナカイが出てきたり、ウインカー音が鈴になったりする。はっきり言って「面白い」のである。

(中略)

 これは、日本企業がこれまで築き上げてきた「品質」とはまったく異なる軸の「価値」である。モデル3は極端に自動化を進めた工場で製造されているため、トリミングのフィットが数ミリあまいことがあり、風の音がうるさかったり、たまに窓の開閉機能が停止してしまったりする。これは同価格帯のレクサスではあり得ない品質である。しかし、ユーザーからすると、テスラが提供している「価値」は従来の「品質」ではなく、ダウンロードでどんどん高性能になって行くワクワク感だったり、圧倒的に優れたオートパイロットだったりするのだ。

(中略)

 テスラの元社員(猛烈に働くので、自らを充電する必要があり、燃え尽きて辞める社員も少なくないが、新しいトップ人材はいくらでも集まる)の成功体験や、テスラが持つ徹底的なユーザーへの価値提供の目線が、「もの」を作る他の業界にも浸透する。すると、今まで日本企業があらゆる業界で追い求めてきた「高スペック」と「品質」とは全く異なる軸が競争の土俵となる。

キヤノングローバル戦略研究所2020年4月23日付コラム「日本に伝わっていないテスラの圧倒的な『ユーザー視点からみた価値』:『価値』の土俵をここまで変えている、さまざまな業界ディスラプションの予兆を見逃すな!」
https://www.canon-igs.org/column/network/20200423_6370.html

 櫛田氏も指摘しているのですが、日本におけるテスラの報道(特に新聞、経済誌における報道)は、時価総額でトヨタを抜いたとか(もちろん興味深いトピックとは思いますが)、パナソニックとの協業の行方とか、カリスマ創業者率いるメガベンチャー企業としての側面に注目したものが多い印象があります。

 一方、テスラが作る電気自動車そのものに関わる報道は少なく、今回初めて知る情報もありました。そして、こうした事実を踏まえると、テスラの進化は、このブログで何度か紹介した「デザイン・ドリブン・イノベーション(意味のイノベーション)」の考え方でも説明できると考えられます。

 自動車会社の技術開発は、その労力の多くが燃費改善、環境負荷低減に費やされてきました。電気自動車の開発も、そうした技術開発のロードマップの延長線上に乗るもので、自社の技術資産を生かすことを考えれば、至極まっとうな進化と言えます。ただ、提供する価値としては、従来の自動車の価値の延長線上になります。

 一方、テスラは、電気を動力とする自動車を作るにあたり、もう1つの電気で動くOS(Operating System)を搭載しています。電動モーターがエコな運転を実現するためのOSとすると、同時に、櫛田氏のコラムで紹介されているような進化する運転体験、社内空間を実現するためのOSです。これにより、自動車に「進化が楽しめる、ワクワクするギア」という新しい意味を与えたといえます。

ロベルト・ベルガンティ「デザイン・ドリブン・イノベーション」
(2016年、クロスメディア・パブリッシング)を参考に筆者作成

自動車も家電の二の舞になってしまうのか?

 「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」(2017年、光文社)の著者として知られる山口周氏は、イノベーションについてこんなことを言っています。

イノベーションとは、“未来の当たり前”を今にもってくるということだと思うんです。電気自動車分野を牽引するテスラは、どう考えても化石燃料を使った自動車が将来も走り続けているとは思えないという発想をしたわけです

Forbes JAPAN BrandVoice Studio https://forbesjapan.com/articles/detail/33008

 既存の国内外自動車メーカーも、化石燃料を使った自動車が将来も同じように走り続けられないかもしれないという強い危機感は持っていると思いますが、それに対する現状の対応策はあくまでも「エンジンを電動モーターに変える」ことがメインであるように見えます。一方、テスラモーターズは(イーロン・マスクは)、未来の車として単に電気で走る車をイメージしたのでなく、スマホを使うように操作し、アップデートできる車をイメージし、それを現代に具現化した、ということが言えそうです。

 日本のものづくりは、伝統的に「テクノロジー・プッシュ・イノベーション」に強みを持っていますが、それ「だけ」ではもはや戦えない、ということが家電・ICTの分野ではすでに証明されてきました。そして、ある意味最後の牙城ともいえる自動車においても、同様の事態を迎える危機に瀕しているのかもしれません。国内メーカーでも、新しい意味を与えるイノベーションの準備が密かに行われていることを願っていますが、果たして、どうなるのでしょうか。


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