自社製品を開発する力を鍛えるステップ

自社製品を開発する力を鍛えるステップ

届けたい人を決めて開発すること

3月17日に、品川区が主催する「ビジネス支援講座」のオンラインセミナーに登壇しました。テーマは「中小製造業が自社製品を開発するヒント~大切にしたい4つのステップ~」で、大学院の修士論文の内容で話をしてほしい、という主催者側からのリクエストに答えて、内容を構成しました。

90分ほど話をさせて頂いたあと、参加者の方からの質問をお受けしたのですが、一番最後の質問が「自社製品でうまくいっている企業とそうでない企業の違いは何か?」というものでした。

この日は、自社製品を企画・開発する際に「届けたい人=ターゲット」を決めてそのターゲットのための製品を作り、ターゲットに届くようなマーケティングをしましょう、という話をしたので、ターゲットを決めて開発をしているかどうかがやはり左右する、という回答をしました。

これは、今まで多くの事例を見て実際に私が感じていることです。「せっかく良いものを作ったのに売れない」という企業の声を、何回、いや何十回と聞いてきましたが、そのような製品の多くは、自社が持つ技術力を結集して、自社が作れる製品として最高のスペックの製品になっているかもしれないが、残念ながら買ってほしい人にとって「良い」ものになっていない製品です。

一方、この時の質問の回答としてはさらっとしか触れていませんが、この質問を考えるうえでのもう1つのポイントであると思うのは、自社製品が成功したと言えるかどうかは、「何のために自社製品開発を行うのか」という目的による、ということです。

製品コンセプトの設定には「Why」も重要

この日は「製品コンセプトの設定」についても話をしました。私は中小製造業における製品コンセプトの設定は、ターゲット、アイデア、ベネフィットで構成することを提案しています。

製品コンセプト=ターゲット+アイデア+ベネフィット

・どんなお客さんに(ターゲット)                                                    ・どんな技術手段を使って(アイデア)                           ・どんな価値、役立ちを提供するか(ベネフィット) 

そして、この製品コンセプトをより検討しやすくするために、「5W2H」で検討することも提案しています。

すなわち、ターゲットを「Who」だけでなく「Where」「When」(使用シーン)、ベネフィットを「What」および「HowMuch」という風に細分化して設定することで、より精度を高めることを目的としているのですが、もう一つ、「Why」についてもあわせて確認してもらうことも意図しています。

「Why」とは、製品を開発する動機や目的を指します。つまり、製品コンセプトを設定する際に、製品開発を行う動機が自社の経営理念やビジョンに適ったものなのかを確認してほしいと思っています。たとえ収益が上がる製品であっても、自社の経営理念に合っていない製品である場合には、それによって企業イメージが下がってしまう可能性や、従業員からの反発を招く可能性があります。

また、製品開発は必ずしも想定した通りにスムーズに進むとは限りませんが、そういう状況において動機が果たす役割が小さくありません。社会への貢献や困っている人への貢献を動機としている場合には、何らかの課題で製品開発の進捗が停滞することがあっても、簡単にあきらめるわけにはいかないという意思が働き、課題を乗り越えて製品開発に成功している事例が見られます。

同様に「自分が欲しいもの、必要なものを作りたい」という動機も、多少の障壁があっても製品開発をあきらめずに続ける支えになるようです。当たり前のことと思われるかもしれませんが、やはり好きなことの方が続けやすいのです。

自社製品開発を行う意義

さて、大学院での研究やその後の支援活動を通して、中小製造業が自社製品を開発する意義は、大きく3つあると考えています。

1.新たな収益源を獲得できる                                                          2.新たな強みを獲得し、企業としての競争力が強化される                                                              3.下請業務に好影響をもたらす

「1.新たな収益源を獲得できる」については、中小製造業者は大企業や中堅企業の下請けや孫請けの製造のみを行っている企業も多いですが、そのような事業形態では、取引企業の業績や、取引企業が属する業界の動向に自社の業績が左右されてしまう、という経営上のリスクがあります。既存事業(下請事業)と異なる業界の自社製品で収益を上げることができれば、下請事業の収益に変動があっても、経営へのダメージを小さくすることができる可能性があります。

また、下請事業では価格引き下げの要求が激しく、十分な利益が確保できないことに悩む経営者が少なくありません。一方、自社製品の場合、特に量販店などを介することなく顧客に直接販売する場合には、価格の決定権を自社で持つことができ、必要な利益を確保することができます。もちろん、価格が顧客にとって高すぎると判断される場合には売れないので、価格に見合った価値を製品に盛り込まなければならず、売上の成否を自社の意思決定が左右する、ということでもあります。

「2.新たな強みを獲得し、競争力が強化される」については、下請事業は、多くの場合注文に答える活動で、ややもすると受動的になりがちな活動です。一方、自社製品の開発は自らの構想に基づいてものづくりを行うという能動的な活動であり、さらに作った製品を販売することも、創意工夫が求められ、主体的な意思決定が求められます。本来のものづくりの在り方を、自社製品開発に見出しているようにも見えます。そして、こうした活動によって、新たな組織としての能力が備わることが期待されます。

また、従業員のモチベーションが向上し、組織能力が向上する効果も期待されます。取材した経営者の言葉で、「下請け仕事では安く作ること以外は評価されないが、自社製品はお客さんが使い勝手や品質を評価してくれる」というものがありました。そうした顧客からの声が励みになり、従業員のモチベーションを上がることがあるようです。

「3.下請業務に好影響をもたらす」については、取引企業からの評価が高まることが期待されます。取材した経営者の言葉で、「取引先から『自社製品を持っているので開発力があると思った』と言われた」というものがありました。また、下請事業で生産している部品などは、基本的に対外的に公表することはできませんが、自社製品は自社技術のPRに活用することができます。

製品が売れることは簡単ではない

昨年のコロナ禍の発生以降、自社製品開発に取り組んだ、という企業は少なくないようです。こうした企業の多くは、「1.新たな収益源を獲得できる」ことを目的として、製品開発に取り組んだことと思います。

この場合、新製品で一定の売上を上げることが目標となります。ただし、ヒット商品は千三つ(1000のうち3つ)しか出ない、という言葉もあるように、ヒット商品を生み出すことは容易ではありませんし、ヒット商品とまではならなくとも、自社製品で期待通りの収益を上げることも簡単なことではありません。

それは、期待通りに「売れる」製品を生み出すためには、「作る力=魅力的な製品を開発する能力」と、同時に「売る力=その製品を販売する能力」も求められるからです。その意味では、まず「2.新たな強みを獲得し、競争力が強化される」ことを短期的な目標にしたうえで、その結果として「1.新たな収益源を獲得できる」ことや「3.下請業務に好影響をもたらす」ことを目指す(中長期的な目標に設定する)ことが、より現実的であると考えます。

つまり、一度製品を発売して、その成果で成否を判断することなく(一度失敗したからと言ってそれであきらめてしまうことなく)、開発から販売までの過程で学んだことを活かして、次の製品開発に取り組むということを想定して、臨んでほしいと考えています。

「作る力」を鍛えるために

下請事業のみを行ってきた企業であれば、製品コンセプトを決める、コンセプトに合うように仕様を決定する、といった経験がない場合が多く、そうした能力を養っていく必要があります。

製造業者の数が年々減少していく中で、いまだに生き残っている企業には何らかの技術的な強みな強みがあるはずですので、技術的な強みについては何らか有している企業が多いと思いますが、技術的な強みをさらに強化したければ、これまで保有している技術水準を超えるような製品の開発にチャレンジすることが効果的でしょう。また、技術の補完のために、共同開発などの形で外部との連携・協力を得る場合には、外部とのコミュニケーション能力を高める必要があります。

1990年代以降、大企業を中心に量産拠点が海外に移転する動きが断続的に続く中、生き残りの方策として「多品種少量生産対応」を取っている中小製造業者は少なくないと思います。この多品種少量生産に取り組む際に「幅広い顧客のオーダーに対して、自社設備の運転方法の工夫や治具・工具の工夫で対応する」「より品質が高い加工方法を提案する」「コストダウンが図れる仕様・設計を提案する」といった取り組みは、競合との差別化を図る上で非常に有効ですが、同時に、自社製品開発を行う上でのニーズの把握能力や技術的な能力を高めるためにも効果的です。

「売る力」を鍛えるために

また、製品を販売したり、売れるようにマーケティングする活動についても、下請事業のみを行ってきた企業ではまず行ったことがないため、試行錯誤しながら能力を高める必要があります。営業・マーケティングの手段はターゲットや製品の属性によって変わるだけでなく、その時々のトレンドでも変化していきます。チラシ配布や広告掲載など紙媒体による方法や、展示会出展によるPR、といった以前からある手法が今なお効果的な場合もあれば、インターネットやSNSの活用が有効な場合もあり、また同じSNSでも特定のものが有効、という場合もあります。

こうした知識は特に近年はインターネットや書籍などで広く情報発信されているものの、本当にどんな施策が効果的かは実際に試してみないと分かりません。こうした施策を、経営者自ら行ったり、従業員と協力して行ったり、あるいは外部企業の支援をもらいながら実行し、よりよい施策を探索していく必要があります。

以上の様に、「製品開発を進めるプロセス」を大切にするとともに、製品を開発する前提として「製品を生み出す能力を開発する」ことに取り組むこともまた、自社製品開発で成果を上げるために重要であると考えます。


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