学びに前向きな組織を作ろう~「リスキリング」に向き合うヒント

学びに前向きな組織を作ろう~「リスキリング」に向き合うヒント

この1か月間ほど、創業スクールの講師をしていました。こちらでの創業スクールは2015年から毎年行われており、初回から講師を担当しています。これまでに、累計100名ほどの修了生の方と、学びの時間を共有してきました。(本庄早稲田国際リサーチパークHP http://www.howarp.or.jp/eventnews/20220604-0702/

受講生の属性は様々で、定年を見据えて自分で新しい仕事をしたい方、自分の趣味・特技を仕事にしたい方、趣味でやってきたことが実際に少しずつお金になりだしたのできちんと「経営」を学びたいという方などなど、性別・世代問わずに幅広い層の方が毎年参加されます。

「知識は力」

今年の受講生からの言葉で一番印象に残っている言葉は、すでに自分の店舗を開いた後にこのスクールに参加してくれた方の、「もう少し早く通えていれば、開店の準備をもっとうまくやれたのに」という言葉です。この言葉を聞いて考えたことは2つあります。

1つは、「知識は力である」ということ。創業に限ったことではありませんが、単純に「知っている」か「知らないか」で、意思決定の内容が変わり、結果が変わることはよくあります。この受講生の方が、この知識があればもっと良い選択ができたかもしれない、と感じたことについては、よく理解できます。

もう1つは、「学ぶのに早すぎることも遅すぎることもない」ということ。日々の活動について、店について、楽しそうに話をされている姿を見ると、店を開いたことは間違いなく成功であるように見えました。そして、早く実践したことで、日々現場で学んでいることがあるはずです。一方、もし開店を検討する時点で今回得た知識を既に持っていたら、あれこれ検討したり、もっと良いタイミングを待って、という判断をしたりして、まだ店を開いていなかったかもしれません。

そもそも、創業スクールは4日間という限られた時間(それでも、仕事がお休みの土曜日に取り組むことは大変なことだと思いますが)で、経営に関する基本的な知識をお伝えし、ディスカッションもしながら理解を深める場所なので、それだけで経営に関する知識を十分に得ることは難しく、経営を行っていくうえでは、常に学んでいくことが必要です。早い遅いは関係なく、今回学ぶことの意義を感じて頂けたのであれば、今後も継続していってほしい、というのが私の願いです。

創業スクールカリキュラム例(2022年本庄早稲田創業スクール)

「リスキリング」は何のため

「学び」に関したトピックとして、近年、「リスキリング」(reskilling)という言葉を聞くことが多いのではないでしょうか。リスキリングとは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と紹介されています。「職業に必要とされるスキルの大幅な変化」が、デジタル化(デジタル技術)の急速な進化によって起こっているため、変化に対応できるように従業員の能力・スキルを再開発する必要性から生まれた考え方です。

経済産業省の「デジタル時代の人材政策に関する検討会(2021年2月26日)」の中で紹介されている「リスキリングとは-DX 時代の人材戦略と世界の潮流-」(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員 石原直子氏) (https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_jinzai/pdf/002_02_02.pdf)によると、AT&T、Amazon、ウォルマートといった世界の有力企業がいち早くリスキリングに関する方針を発表したり、ダボス会議(世界経済会議)では2018年から3年連続で「リスキル革命」と銘打ったセッションが行われ、「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」宣言がなされ、「第4次産業革命により、数年で8000万件の仕事が消失する一方で9700万件の新たな仕事が生まれる」ことが声明として発表されています。そして、マイクロソフト社は「Global Skills Initiative」と銘打ち、傘下のLinkedIn、GitHubとともに無償でリスキリング講座を提供(ラーニングパスを発行)し、コロナにともなう失業者2500万人のリスキリング⇒再就職を支援しています。

「リスキリングとは-DX 時代の人材戦略と世界の潮流-」より

また、日本における日立製作所、富士通、商社数社の取り組み事例が紹介されていますが、こちらの資料が紹介されて1年以上経った現在では、国内でも多くの企業がリスキリングに関する戦略、取り組みを発表しています。

こうした例から分かるように、「リスキリング」とは、企業視点の言葉であり、企業主導で生まれて推進されている活動である、と理解できます。企業の経営戦略に基づいて、組織に必要とされる能力・スキルを有する人材を育成することがリスキリングです。前述の資料の中でも

リスキリングは単なる「学び直し」ではない

昨今の「学び」への注目のなかには、個人が関心に基づいて「さまざまな」ことを学ぶこと全体をよしとする言説が多いが、リスキリングは「これからも職業で価値創出し続けるために」「必要なスキル」を学ぶ、という点が強調される

「リスキリングとは-DX 時代の人材戦略と世界の潮流-」より

とあり、あくまでも職業において(企業目線で言えば従業員が社内で)収益につながるような「価値」を生むための学びがリスキリングであることが明示されています。

大切なのは「期待」を伝えること

創業スクールの最終回では、個々のビジネスプランを発表してもらい、その後意見交換する場もありましたが、自分が考えたプランを他の受講生に伝えたいという強い思いがその空間に溢れていて、前向きな学びの場であることが嬉しく、眩しく感じられる時間でした。

一方、自社の戦略に基づいて必要な能力やスキルの獲得を従業員に求めていくリスキリングは、ややもすると、会社から「強制的に」学ばされている、と感じる人が出てくることも懸念されます。

経営者の立場からすると、せっかく会社の費用でスキルアップの機会を与えようとしているのに、なぜそのような反応になるのか理解できない、という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、経営者が「これからの経営のためにAI、デジタル化、DXが必要だ」という認識を持っていたとしても、従業員が同じようにその重要性を感じているかどうかはわかりません。もし重要性を認識していなければ、なぜ新しいスキルを習得しなければならないのか、そのために時間を使って努力しなければならないのか、と考えるのも無理はないと思います。

つまり、経営戦略としてリスキリングを導入して推進することを決めたならば、その目的と狙い、そして何よりも従業員に対する「期待」を、しっかりと伝える必要があります。

また、日頃から社内において学習できる機会があるか、ということも重要であると思います。(ただし、ここで想定している学習は、社外では使えない社内固有の知識やスキルを学ぶことではなく、より汎用的で、どこに行ってもその人の武器となるような知識やスキルを学ぶことです。)従業員が求める知識やスキルを日常的に学ぶ機会があり、学ぶことが「当たり前」の空気(雰囲気)があれば、企業側が求める学びに対しても、前向きに捉えて取り組む従業員が増えていくのではないかと思います。

これから、企業として「リスキリング」に取り組みたいという経営者の方は、現在の社内の雰囲気が「学び」に対して前向きであるかを確認し、そうでないのであれば、学びの機会の提供をどのようにデザインするかについて、まずは検討する必要があります。


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