前回、前々回に続き、「スタートアップ育成5か年計画」の詳細についてレビューをしています。
今回は、「第一の柱:スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」について、特に「大学におけるスタートアップ創出支援」を中心に紹介します
スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築のために以下の具体的取組として、
(1)メンターによる支援事業の拡大・横展開 (2)海外における起業家育成の拠点の創設(「出島」事業) (3)米国大学の日本向け起業家育成プログラムの創設などを含む、アントレプレナー教育の強化 (4)1大学1エグジット運動 (5)大学・小中高生でのスタートアップ創出に向けた支援 (6)高等専門学校における起業家教育の強化 (7)グローバルスタートアップキャンパス構想 (8)スタートアップ・大学における知的財産戦略 (9)研究分野の担い手の拡大 (10)海外起業家・投資家の誘致拡大 (11)再チャレンジを支援する環境の整備 (12)国内の起業家コミュニティの形成促進
が挙げられています。
日本における開廃業率は、米国や欧州主要国と比べ、低い水準で推移しています。そして、起業を望ましい職業選択と考える人の割合は、中国では79%、米国では68%であるのに対し、日本は25%と、先進国・主要国の中で最も低い水準にあります。
また、スタートアップに対する調査によれば、日本で起業家を増やすには、「意識・風土・風潮」の改善が必要との解答が60%を占めています。このため、10代、20代といった若い時期から、スタートアップの起業を志す人材の育成を進めていく必要があるとしています。
こうした背景を踏まえて、小中高生を対象として、起業家を講師に招いての起業家教育の支援プログラムの新設や、小中高生向けに総合的学習等の授業時間も活用した起業家教育の実施の拡大を図るとしています。支援プログラムを通じた小中高生を対象とした起業家教育の受講者数について、2027年度までに1万件という数値目標も設定されています。また、起業家教育に体系的に取り組む高校・高等専門学校や、STEM分野で高い能力を有する小中高生に対する教育機会の支援を強化するとしています。
また、「メンターによる支援事業の拡大・横展開」については、我が国における若い人材の選抜・支援プログラムの1つである「未踏事業」(情報処理推進機構)において、産業界・学界のトップランナーが、メンターとして才能ある人材を発掘(採択審査)し、プロジェクト指導を実施することで、これまで300人が起業又は事業化を達成することに成功しています。
これを踏まえ、未踏事業の拡大、および他の法人(新エネルギー・産業技術総合開発機構や産業技術総合研究所等)への横展開、対象の拡大(高専生・高校生・大学生)等により、育成規模を現在の「年間70人」から5年後には「年間で500人」へと拡大するとしています。
1大学1エグジット運動
大学発スタートアップについては「東京・神奈川・京都・大阪・福岡など大都市圏で多いものの、全国で生まれており、地方にもポテンシャルがある」としたうえで、大学発のスタートアップ創出を後押しするべく、全国各地の研究大学は、「1大学につき50社起業し、1社はエグジットを目指そう」という運動を展開するとし、数値目標を持った推進を行うことを示しています。 ※研究大学(22機関)は、文部科学省「研究大学強化促進事業」を参照
また、2021年度には大学からのスタートアップ事業化を支援した件数は100~200件であるのに対し、2026年には中間目標として累計4000件、2027年は5000件の支援を行うことを目標としています。海外アクセラレータ―やベンチャーキャピタルの参加を得て、グローバルな展開を含め、大学発の研究成果の事業化支援を行います。このために、5年間分1,000億円の基金を新規造成するとしています。
大学発スタートアップの現状
大学発スタートアップの現状については、経済産業省の「令和3年度大学発ベンチャー実態等調査」によると、2021年度調査において存在が確認された大学発スタートアップは3,306社で、2020年度で確認された2,905社から401社増加し、企業数及び増加数ともに過去最高を記録しています。
また、設立年別の新規創業数は、近年着実に増加傾向にあり、2020年度に若干の減少傾向に転じたものの、引き続き高い水準で推移しています。
IPO(株式公開)している大学発スタートアップは64社、時価総額の合計は1.7兆円です。M&Aによる解散は、2016年度以降で22社把握されています。研究成果スタートアップは、その他の分類に比較して、設立からIPOまでに時間を要する傾向があります。設立から10年未満でのIPO数は、研究成果スタートアップが37.5%に対して、その他スタートアップは55%となっています。
※大学発スタートアップの分類 「研究成果」大学で達成された研究成果に基づく特許や新たな技術・ビジネス手法を事業化する目的で新規に設立
「共同研究」創業者の持つ技術やノウハウを事業化するために、設立5年以内に大学と共同研究等を行ったスタートアップ 「技術移転」既存事業を維持・発展させるため、設立5年以内に大学から技術移転等を受けたスタートアップ
「学生」大学と深い関連のある学生ベンチャー。現役の学生が関係する(した)もののみが対象。
「関連」大学からの出資がある等その他、大学と深い関連のあるスタートアップ
大学発スタートアップの成功を促進するもの
早稲田大学ビジネススクール牧兼充教授の著書「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」(2022年、東洋経済新報社)では、「大学発ベンチャーはイノベーションを促進するのか」に関する3つの研究結果を紹介し、大学発スタートアップの成功要因のメカニズムを掘り下げています。
「創業時の特徴からわかる大学発ベンチャーの成否」として、MIT発のスタートアップで、1980年から1996年までの間に特許のライセンスを受けて生まれた134社の「初期段階でのリソース」 についてのデータを入手して行われた定量的な評価結果が紹介されています。
対象企業の創業者メンバーが創業時保有していたヒューマンキャピタル(能力やスキル)、ソーシャルキャピタル(人と人とのつながり)、保有技術(自身や自社で開発した特許など)と、成功の関係を分析した結果、創業時に創業メンバーが投資家とつながりを持っていると、 VCから投資を受けられる可能性が高くなり、投資を受けると、「VCから受けた投資の総額」 が増え、 それによってIPOの確率が高まる、という結果が出ました。 創業メンバーのネットワークがIPOに直接影響があるという結果は出ませんでしたが、 ネットワークによりVCによる投資確率が上がり、 それを介してIPOという成果につながるという構造が明らかになりました。
また、前回のブログで紹介したSBIR(Small Business Innovation Research)の効果を検証する研究が2つ紹介されています。1つの研究は、SBIRを受けた企業を1435社選び、10 年間 追跡して従業員数や売上の変化を調べ、SBIRを受けなかった類似企業と比べた結果として、「SBIRの主な効果は(受け取った資金で研究開発が進むことではなく)シグナリングである」との結果を示しています。すなわち、SBIRの取得が企業の質の高さを示す証となり、 それが呼び水となってVCの出資を受ける確率を上げ、VCの出資を受けることが、企業の成功(従業員数や売上の増加)確率を上げるというものです。
もう1つの研究では、7436社のハイテク企業のランキングデータを分析し、「SBIRの資金が試作品の開発に使われ完成したことで、VCの投資リスクが下がって投資が増え、企業の成長につながった」という結果が示されており、結果は異なっています。
これらの研究では、VCの出資を受けることが成功要因になっている、ということは共通していますが、VCからの出資を受けるに至るプロセスについてはいくつかのパターンがあります。5か年計画にある「インキュベーション施設等の整備を推進」「大学や国立研究所の技術シーズと、大企業における経営人材とのマッチング」「スタートアップが大学等の保有する知的財産を活用し円滑に事業展開することを促進」といった複合的・総合的な取り組みの着実な実行が求められます。
参考文献・URL
- 「スタートアップ育成5か年計画」 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai13/gijisidai.html
- 内閣官房新しい資本主義実現本部事務局「スタートアップに関する基礎資料集」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/bunkakai/suikusei_dai1/siryou3.pdf
- 文部科学省「研究大学強化促進事業」 https://www.mext.go.jp/content/20220324-mxt_gakjokik-100000472-1.pdf
- 経済産業省「令和3年度大学発ベンチャー実態等調査」https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220517001/20220517001.html