2022年度中小企業白書の注目トピック①「ブランド構築」と「デザイン経営」

2022年度中小企業白書の注目トピック①「ブランド構築」と「デザイン経営」

 2022年度の中小企業白書・小規模事業者白書が公表されました。中小企業白書・小規模事業者白書は、国が中小企業・小規模事業者を取り巻く経営環境や事業者による企業経営の実態を分析し、今後の展望や施策について紹介するものです。

 今年の白書において、私が一番注目したのは、中小企業白書の第2章「企業の成長を促す経営力と組織」において、中小企業が付加価値を向上しながら成長するための方法として、ブランドや人材の質といった「無形資産」への投資に注目し、その重要性を紹介していることです。そこで、何回かに分けて、中小企業白書で紹介されている無形資産投資への取り組みについて紹介していきます。まず今回は、「ブランド構築」と「デザイン経営」に関する記述に関して取り上げます。

無形資産への投資は「イノベーション」に貢献する

 まず、無形資産投資は有形資産投資に比べて「スケーラブル(拡張性がある)で、サンクコスト(埋没費用)を持つ。そしてその便益はスピルオーバー(周辺に波及)し、他の無形資産とシナジー(相乗効果)を示す」経済的特性があり、この性質がイノベーションをもたらすものとして注目されていることを紹介しています。

 また、OECD諸国における、有形・無形資産投資と全要素生産性の関係性について示しています<※全要素生産性(Total Factor Productivity、TFP)=経済成長(GDP成長)を生み出す要因のひとつで、資本や労働といった量的な生産要素の増加で説明できない要因のこと。技術進歩や生産の効率化などがTFPに該当し、国における「イノベーション」の貢献度を見る指標として使われることが多い。TFPは直接計測することができないため、全体の変化率からTFP以外の要因を控除した残差として推計される>。これによると、無形資産投資の方が有形資産投資と比べて、増加に応じた全要素生産性の上昇幅が大きいことから、無形資産投資は有形資産投資よりもイノベーションを起こす要因となりやすく、生産性の向上に寄与する可能性があることが示唆されています。そして、無形資産投資の具体的取組として、「ブランド構築」と「人的資本への投資」などを上げています。

ブランド構築

 (株)東京商工リサーチが実施した「中小企業の経営理念・経営戦略に関するアンケート」の結果として、ブランドの構築・維持のための取組を実施している企業は3分の1程度となっています。そして、ブランドの構築・維持のための取組の有無別に取引価格への寄与を見ると、取組を行っている企業の方が、取組を行っていない企業と比較して、ブランドが取引価格の維持・引上げに寄与している企業の割合が高くなっています。ブランドの構築・維持に取り組むことにより、差別化が図られ、取引価格の維持・引上げが可能となり、企業業績へのプラスの影響が生まれている可能性が考えられるとしています。

 また、ブランドの構築・維持のための取組内容を示したものです。これを見ると、「顧客や社会へのブランドメッセージの発信」「自社ブランドの立ち位置の把握」「ブランドコンセプトの明確化」といった項目が上位になっています。

考察①ブランド構築と価格支配力

 中小企業白書では、過去にも「価格」に注目した分析が行われていました。2020年の中小企業白書の第2部のタイトルは「新たな価値を生みだす中小企業」であり、第1章「付加価値の創出に向けた取組」で、製品・サービスの差別化を始め、付加価値の源泉となる優位性の構築のあり方について分析したあと、第2章で「付加価値の獲得に向けた適正な価格設定」を取り上げています。ここでは、優位性をどのように価格に反映させるかについて考察し、

①自社の製品・サービスの優位性を顧客に発信すること                                           ②価格競争から脱却するように努めること                                               ③適正な価格設定を図る観点から、個々の製品・サービスごとの原価管理や、販売価格に関するルールの作成などに取り組むこと

以上3つの重要性を指摘しています。直近、材料価格や燃料価格の大幅な上昇が起こっており、収益を確保するため、取引先や元請企業に取引価格の変更を要望する必要性が生じる中小企業は少なくないと思われます。原価の上昇を取引価格に反映することは本来当然のことですが、価格上昇を依頼することで取引の減少や中止を切り出されることを恐れ、提案に踏み出せないというケースも想定されます。今年の白書で示された「ブランド構築」は、そうした不安を緩和し、適正な価格設定を実現するうえでの大きな後押しになる取り組みであるといえます。

考察②ブランドづくりのプロセス

 ブランドづくりは、

「自社ブランドの立ち位置の把握」⇒「ブランドコンセプトの明確化」⇒「顧客や社会へのブランドメッセージの発信」

というプロセスをたどります。したがって、回答結果として取り組んでいる割合に差は出ているものの、ブランドづくりに取り組んでいると回答している企業の多くは、実質的にはこれら項目のすべてを実施しているのではないかと思います。

デザイン経営

 次に、デザイン経営についても取り上げられています。デザイン経営については、このブログでもたびたび取り上げてきました。

 デザイン経営については、取り組んでいる企業が12.2%、デザイン経営について知っている企業が13.7%で、まだまだ認知自体が高くないことがうかがえます。2018年の「『デザイン経営』宣言」(経済産業省、特許庁)において、デザイン経営では「経営チームにデザイン責任者がいること」が必要条件であるとしていますが、デザイン経営に「既に取り組み、定着している」企業におけるデザイン経営の体制として、「経営者がデザイン責任者」と回答している企業の割合が最も高くなっています。

 そして、デザイン経営に取り組むことによる効果としては、「企業のブランド構築やブランド力向上」、「魅力ある商品・サービス・事業の創出」、「従業員の意欲や自社への愛着心の向上」と回答した企業の割合が高くなっており、デザイン経営に取り組むことにより、ブランド力の向上が図られるだけでなく、新たな商品などの創出によるイノベーションや従業員の意欲向上といったインターナル・ブランディングにもつながっている様子がうかがえる、としています。

 デザイン経営の取組状況別に、ブランドの取引価格への寄与を確認すると、「既に取り組み、定着している」と回答した企業において、ブランドが取引価格の維持・引上げに寄与している企業の割合が最も高くなっており、デザイン経営に取り組むことで、ブランド力の向上につながり、取引価格の維持・引上げにつながっているものと考えられる、としています。

考察③デザイン経営の体制

 現状では、もともとデザイン領域に関与度の高い経営者やデザインに関心が高い経営者が、デザイン経営に取り組んでいるものと思われます。中小企業において経営者がデザイン責任者となることは、大企業よりも経営者がリーダーシップを発揮しやすく、全社的な取組を行いやすいという点で効果的といえます。ただし、誰が責任者となるのがより効果的なのかについては、社内におけるデザインに関する理解度や活用度などによっても異なってくるため、推進体制は柔軟に見直すことも重要と思われます。

今後の中小企業施策との関連

 今回、中小企業白書において、中小企業においてもブランドを構築することの重要性を提示したことは、非常に画期的なことと個人的には考えています。このブログでもたびたび触れているように、経営資源の制約が大きく、価格優位性の確保や広告投資など「規模」を必要とする投資を続けることが容易でない中小企業にとって、ブランドを構築することの価値は非常に大きいからです。

 ただし、こうした分析が中小企業施策にどの程度反映されるのかと考えると、そこには疑問が残ります。白書では、「令和3年度において講じた中小企業施策」「令和4年度中小企業施策」も掲載されていますが、この中で、「ブランド構築」「デザイン経営」といった文言はありません(「ブランド」も「JAPANブランド育成支援等事業」のみ)。重要性を認識して、経営者・事業者や支援機関にあくまでも自主的に取り組んでほしい、といったところでしょうか。

 「『デザイン経営』宣言」は2018年に出されましたが、経営にデザインを活用する重要性について国(経済産業省)から提言が出されたのは、これが初めてではありません(例えば、2003年の「戦略的デザイン活用研究会報告書『競争力強化に向けた40の提言』」)。 にもかかわらず、多くの企業において取り組みが定着しなかったのは、掛け声のみで定着に向けての施策が不十分だった可能性があります。現状ではデザイン経営の認知度そのものも十分ではないという結果も出ているだけに、今回の白書での掛け声で終わってしまうことなく、国には引き続き認知度向上のための情報発信と、企業の実践をサポートするような施策の打ち出しを望みます。

(出典)中小企業庁「2022年中小企業白書」


デザインマネジメントカテゴリの最新記事