【夏休みの自由研究2023】日本唯一の馬具メーカー・ソメスサドル

【夏休みの自由研究2023】日本唯一の馬具メーカー・ソメスサドル

夏季休暇の時期は、読めていなかった書籍や資料に手を付ける良いタイミングということで、このブログでも、読んだ書籍について毎年紹介しています。今回は、今年発売された三浦暁子氏の著作「ソメスサドルの挑戦~炭鉱の町から世界へ」と、この本をきっかけに周辺情報を調べる中で見つけた山本聖氏の著作「世界ナンバーワンの日本の小さな会社」をもとに、北海道の中小企業で、日本唯一の馬具メーカー、また革製品メーカーであるソメスサドル株式会社について取り上げます。

※タイトル画像:セイコーエプソン社オリエントスターWZ0121DK 時計ブランドのオリエントスターとSOMESブランドのコラボレーションモデル(筆者私物)

ソメスサドル社については、カバン、財布などの革製品でご存知の方もいらっしゃるでしょう。また、競馬を嗜む方で、名前をご存知の方も多いと思います。日本競馬界を代表するジョッキーである武豊氏が、レースでソメスサドル社の鞍(くら:馬に乗る人がお尻を置く部分の馬具)を長年使用している(他にも使用しているトップジョッキーは多い)ことは良く知られています。また、2021年には、世界競馬の最高峰のレースの1つである凱旋門賞で、ソメスサドル社の鞍を使用したジョッキーが優勝したことも話題になりました。

武豊ジョッキーの鞍(ソメスサドル社製作)
出所:Pacallaホームページ“日本唯一の馬具メーカーとして” ソメスサドルの馬具づくり
https://pacalla.com/article/article-1978/

見込み客のいる所に飛び込む

「ソメスサドルの挑戦~炭鉱の町から世界へ」では、ソメスサドル社の前身であるオリエントレザー株式会社の創業に関わった染谷政志氏の息子である染谷昇氏の歩みを中心に、ソメスサドル社の歴史が描かれています。昇氏は、東京での営業担当者として、様々な自社製品やOEM製品の企画開発者として、そして5代目の社長、現在は会長として、ソメスサドル社の成長を支えてきた人物です。2017年には、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパンの北海道代表にも選出されています。

もともとオリエントレザー社は、馬具をアメリカに輸出することを目的として創業された会社でしたが、ニクソンショック、固定相場制から変動相場制への移行による急速な円高ドル安によって債務超過に陥り、また、輸出による利益の確保ができない状況に陥り、国内向けの販売にシフトすることになりました。こうした状況において、昇氏も国内での市場開拓に取り組みます。東京の大学を卒業後、メーカー勤務を経て、ひとり「東京出張所」を開設、営業活動を開始します。

東京での営業活動は、とにかく馬具を使う所、馬のいる所を商品を持って回る所から始まりました。その中で乗馬クラブに居候して馬具を売りながら乗馬を学びます。そして、ヨーロッパ製の鞍の完成度に遠く及ばなかった自社の鞍の改良に北海道の工場の職人とともに取り組み、約10年かけて乗馬クラブのオーナーが認めるレベルの鞍を完成させました。

乗馬用馬具以外の売上を獲得するため、馬具を製造したあとの余り革を使って、革のコースターと革を巻いたガラスの灰皿のセットを自社商品として開発し、客としてバーやレストランとして通いながら売り歩きます。また、その過程で乗馬を趣味とする人たちと仲良くなり、週末に乗馬を共にする中で、乗馬の時に鞍につけるサドルバッグを作ってほしいという要望をもらい、試作品を作って意見をもらいながら改良し、商品を完成させます。

展示会出展に出向いたヨーロッパでは、大規模な皮革製品見本市を見学してヨーロッパの革製品の品質の高さを再認識し、パリのエルメス本社のミュージアムで馬車や古いバックの展示に触れ、その技術の素晴らしさやデザインの美しさに刺激を受けて、自社でも馬具だけでなくバッグや小物などの革製品市場に本格的に参入することを決心します。

本格的に革製品を取り組むことに対しては、これまで誇りを持って馬具を作ってきた職人たちの反発を受けますが、会社の存続のため、馬具を作り続けるために鞄を作る必要があることを繰り返し説いて、納得してもらったといいます。そして、一旦納得すると、職人の方から鞄に適した作り方を提案するようになったと言います。革製品に本格的に参入する1985年に、フランス語で頂点を意味するSOMMETを使ったSOMES(ソメス)をブランド名とし、社名も現在のソメスサドル社に変更しました。

SOMESブランドは少しずつ市場での評価を獲得し、2003年に伊勢丹新宿店のメンズ館に出店を果たします。その1年半後、専門店から平場での販売に変更されたタイミングで、自社の専属スタッフの身の振りを考えるタイミングで、南青山に路面店を出店しました。現在、全国11店舗の直営店・インショップ(百貨店内店舗)を営業しています(ソメスサドルHPによる)。

ソメスサドル 銀座店
(ソメスサドルHPより)

企画・デザインプロセスとこだわり

「世界ナンバーワンの日本の小さな会社」では、こうした昇氏の行動を支える考え方について紹介されています。ソメスサドル社には企画部があり、商品ターゲットの検討やコンセプト設計を行っています。そして、昇氏が長年企画部を率いています。馬具については機能性と堅牢性をテーマとする一方、一般消費者向け商品については、まずターゲットを設定しつつ、「ターゲットのど真ん中にはまる商品は売れない」という、昇氏がこれまでの失敗経験から学んだという結論から、ターゲットの年代を意識しすぎないものづくりをするように、社員に伝えています。男性と女性のものの選び方も意識しつつ、企画会議では「とことん話し合うこと」で企画の方向性を決めています。

また、デザインについては、商品企画段階のイメージ出しを企画部で行い、「商品がどういうシーンで利用されるのか?商品ストーリーや営業戦略は?価格は?革の品質や生産体制は?」など、生産から販売まで総合して考えたうえで企画案にまとめ、それをデザイナーにインプットしてデザインを起こしています。プロダクトデザインはデザイナーに一任するものではなく、多くの関係者で時間をかけて詰めていくもの、という昇氏の考えによるものです。ただし、あまり多くの意見を取りいれてしまうと中庸なデザインに落ち着いてしまうので、出来上がったデザインに対しては、微修正の指示以外口出しはしないとのことです。

ソメスサドル社では長年OEMを経験しており、昇氏は一流メーカーのデザイナーと打ち合わせの機会を多く、その中で一流メーカーのデザイナーの知識や感性、評価基準などをどん欲に吸収し、自社にフィードバックして商品開発に生かしています。それにより、著名なデザイナーに頼らなくても、優れたデザインの商品を生み出すことができる、と考えています。

ソメスサドル社では現在でも、
企業とのコラボレーショングッズや
オリジナルグッズを請け負っている
https://www.somes.co.jp/original-goods/

価格については、商品の完成度なども考慮しながら、トップが最も強くコミットして決断すべきことの一つと考えています。店頭に並んだ時に価格にふさわしい雰囲気が出なければ売れないので、価格にふさわしい完成度であるかどうかを、開発の中で最も気にしているといいます。

時代の風向きを感じ、新しいものづくりに挑む

ソメスサドル社の事例を見ると、昇氏が見込み客のところに直接出向いてニーズをつかみ、馬具製造で培ってきたものづくりの力でニーズを満たす商品を具現化し、市場に出すことを続けながら成長してきた様子が読み取れます。また、昇氏がつかんできたニーズにこたえる商品を生み出してきた工場の職人たちの努力もまた、評価すべきでしょう。

ものづくりの技術は、ややもすると伝統的な技・技術を「守る」ものという見方がされがちですが、新しい製品やジャンルへの挑戦によって、技術を磨いていかにレベルを上げていくこと、技術に幅を持たせていくことが重要であることが理解できます。そして、実際に技術を高めるためには、職人に我慢強く要求すること、顧客からの声を的確に伝えることが重要であることが分かります。職人はただ頑固ということではなく、自らの技術の腕が上がること、顧客が喜ぶことに対しては前向きに取り組んでくれるのです。

そして、昇氏が長年市場のニーズをつかんできたことを振り返って、「少しでも誇れることがあるとすれば、時代の風向きを感じる場所に立っていることが多かったという点です。それはトレンドだけに限らず、もっと本質のところにある消費者の欲望の部分も含んでいます。」と話しています。顧客のことを理解するために、消費者にインタビュー調査を行うのは一般的なマーケティング手法ですが、昇氏の場合には常に見込み客のいる市場、現場に自ら飛び込み、対話をしながらニーズをつかんできたことが特徴的であるように思います。

デザイン経営の先取り

このブログでは、たびたび「デザイン経営」について取り上げています。経済産業省・特許庁の「『デザイン経営』宣言」では、「デザイン経営」と呼ぶための必要条件を、以下の2点としています。

1.経営チームにデザイン責任者がいること
2.事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

持ち前の行動力で時代の風をつかむセンスを高め、OEMで一流のデザイナーから学んだ昇氏には、デザイナーとしての感性が育まれていたのだと思います。そして、自らが企画部を率い、商品企画・デザインを統括していたのは、まさに「デザイン経営」を体現している、と言えそうです。

染谷昇氏は2021年に社長を退き会長に就任されたようですが、昇氏のマインド、センスが受け継がれているならば、今後もソメスサドル社は成長を続けることと思います。昇氏は、ソメスサドル社が「和製エルメス」と呼ばれることに対して「エルメスに失礼」と話していますが、世界の馬具メーカー、革製品メーカーとしてエルメスに並び称される日が来ることを楽しみにしたいと思います。

参考文献・URL

  • 三浦暁子「ソメスサドルの挑戦: 炭鉱の町から世界へ」(2023年、河出書房新社)https://amzn.to/3OMHLwz
  • 山本聖「世界ナンバーワンの日本の小さな会社」(2016年、クロスメディア・パブリッシング)https://amzn.to/3slBL6r
  • ソメスサドル株式会社ホームページ https://www.somes.co.jp/

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