2020年1月5日の日経電子版に「白物家電、静かに復活 洗濯機価格は10年で9割高く」という記事が掲載されていました。 (https://r.nikkei.com/article/DGXMZO5389979027122019SHA000?unlock ※記事は日経電子版会員限定となっています )
消費者ニーズやライフスタイルの変化に対応した白物家電
(上記グラフは日経電子版記事より)この記事によると、
・総務省が毎月まとめる「小売物価統計」では、ドラム式と縦型の洗濯機の19年の店頭平均販売価格(東京23区)は18万8324円(09年:10万1207円)で約9割も値上がり。冷蔵庫も約24%、ルームエアコンも約18%価格が上がった。 ※調査対象となる製品は「調査年に最も多く売れている製品群」(総務省)で定義
・黒物といわれるテレビは大幅に値下がりした。19年の液晶テレビの店頭平均販売価格は4万8243円で、09年と比べ約5割下がった。薄型テレビは国際競争にさらされ、世界的に価格が下がったことも大きい。部材の汎用化が進み、電源部分以外はほぼ世界共通。サムスン電子やLG電子などの韓国勢に加え、ハイセンスやTCLなどの中国勢が参入した。日本勢は性能で差別化を目指したが、LG電子が超高精細映像の「8K」対応の有機ELテレビをいち早く商品化するなど、技術面での優位性を保てなくなっている。
・一方、白物は冷蔵庫も洗濯機も重くてかさばり、完成品を輸入するにはコストがかさむことから海外勢が参入しづらく、国内勢が守られた。テレビと違い、住環境や生活様式に応じた製品の作り込みも必要だった。価格よりも機能性の競争になり、消費者の需要や生活スタイルの変化への対応力が重視された。 共働き家庭は10年前に比べて約2割増えており、キーワードは「時短」と「利便性」だ。
私自身が家電メーカー在籍時代に目の当たりにしていたことですが、家電量販店で販売される家電商品は常に価格低下の圧力にされされており、市場投入後すぐに店頭価格が下落し始めることも珍しくありません。また、EC販売が活発になり業者間の価格比較が容易になることは、価格引き下げの政策を取る誘因になりうるでしょう。黒物家電が「コモディティ化」した、と言われるようになって久しいですが、こうした市場環境下で、白物家電の販売単価を引き上げる努力を行い実現したメーカー各社の商品開発力は、素直に評価してよいと思います。
「意味のイノベーション」とは
ところで、製品・サービスの「コモディティ化」という課題に対して、デザインマネジメントの領域での処方箋となる考え方として、「デザイン思考を用いたイノベーション」と「意味のイノベーション」という概念があります。
「意味のイノベーション」は、イタリアのミラノ工科大学教授のロベルト・ベルガンティ氏が提唱している考え方です。製品やサービスに新しい「意味」を持たせる(みつける)ことでイノベーションを起こす手法と説明されます。ベルガンディ氏のインタビューでは、意味のイノベーションについて「例えば、書きやすく手の汚れないペンを考えるのが問題解決だとすれば、『インクを入れたペンで文字を書くことに、どんな意味があるのか』を考える」ことであり、「前提となる問題自体を問い直す」ことである、と語られています。 (https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00097/00014/?ST ※有料記事)
意味のイノベーションの代表的な例としてベルガンティ氏の著書「デザイン・ドリブン・イノベーション」でも紹介され、日本で一番紹介されている事例はおそらく、任天堂の「Wii」でしょう。先ほどのベルガンティ氏の言葉になぞらえて表現するならば、「テレビゲームをすることにどんな意味があるか(持たせられるか)」を考えた時に、もともと「ゲームが好きな子供や大人になっても変わらずゲームを楽しむ人向けのもの」であったテレビゲームで遊ぶ行為に、「お年寄りなども含め、家族みんなで体を動かし遊べるもの」という新しい意味を見出したことで生み出されたイノベーションである、ということになります。
イノベーション戦略の分類
ベルガンティ氏の著書では、3つのイノベーション戦略を特定しています。
・「マーケット・プル・イノベーション(market-pull innovation)」 ユーザーのニーズを分析することから始まる。それに続き,ユーザーをもっと満足させることのできる技術,もしくは現在のトレンドに応じるために,製品言語(製品の意味)を最新のものにできる技術が追求される。漸進的(持続的)イノベーションの次元へと陥りやすい。
・「テクノロジー・プッシュ・イノベーション(technology-push innovation)」 先進的な技術研究によって、製品の性能が飛躍的に向上すること。こうしたイノベーションは,産業に破壊的な衝撃を与えて,しばしば長期的な競争優位の源泉になる。
・「デザイン・ドリブン・イノベーション(design-driven innovation)」 企業のビジョンによってもたらされるものであり、そのビジョンとは,人々が愛しうるような画期的意味についてのビジョンである。
「意味のイノベーション」は、「デザイン・ドリブン・イノベーション」の中心的な概念です。そして、ここで用いられている「デザイン」は、このブログでもたびたび紹介している、単なる外見(スタイリング)としてのデザインではなく、製品・サービスの「意味」やビジネスモデルなどの幅広い対象についてのデザインを指します。また、「意味のイノベーション」は、技術的な改善がなくても、すなわち、製品自体に技術的な進化がなくても実現されうる、ということにも注目すべきでしょう。
ちなみに、単価引き上げに成功している冷蔵庫や洗濯機は、各社の商品群を眺めた印象ではあくまでも「マーケット・プル・イノベーション」が進んでおり、まだ「意味のイノベーション」は起こっていないように見えます。今後「意味のイノベーション」が起こることによってさらなる革新があるのか、国内メーカーの今後の商品開発に期待したいと思います。
急進的なイノベーションはユーザー中心ではできない?
また、ベルガンティ氏の著書では、前半に紹介した「デザイン思考を用いたイノベーション(ユーザー中心のイノベーション)」は「マーケット・プル・イノベーション」に位置付けられ、急進的なイノベーションは起こせない、としています。確かに、顧客は自分の知らない商品を想像だけで欲しいとは考えにくいため、本当に革新的な商品、画期的な商品は顧客調査でそのパワーを確認することはできない、とよく言われることがあります。
ただ、商品企画の実務に携わってきた身としては、ユーザーの理解を疎かにしてイノベーティブな商品を生み出すことができると言えるのか?というのがこの論を読んだときの第一印象であり、疑問でした。
そこで、次回は「デザイン思考(ユーザー中心)のイノベーション」について分析し、「意味のイノベーション」と比較しながら、疑問について私なりの考察をしてみたいと思います。
参考文献:ロベルト・ベルガンティ「デザイン・ドリブン・イノベーション 」(2016年、クロスメディア・パブリッシング)※原著発行は2009年
注)文章中で「商品」と「製品」という用語を併用しています。これらを区別する場合、「商品: 使用者( 最終消費者 )に届く形態」「製品:部品など商品の一部として使われる形態」という概念で用いられることが多く、今回の文章中では意味としては「商品」が適していると思われますが、文献では「製品」という訳語が当てられているため、文献に関わる文脈では「製品」を用いています。