今年の4月から川崎にある創業支援施設K-NIC(Kawasaki-NEDO Innovation Center、https://www.k-nic.jp/)のサポーター(支援専門家)を務めており、月1回程度創業相談を担当していく予定です。6月2日、このK-NICのオンラインイベントに登壇しました。「基礎から学ぶ、コロナ時代に顧客から選ばれる商品作りとは」というタイトルで、私がこれまで経験・研究してきた商品企画、イノベーションの考え方について、私の体験の時系列を追って紹介しました。また、このブログで以前取り上げた「デザイン思考」「意味のイノベーション」についても紹介しました。
そして、タイトルにある「コロナ時代に顧客から選ばれる商品作り」については、「共創」「共感」というキーワードで、私見を述べました。ここでは、こちらの内容を改めて紹介したいと思います。
コロナ時代の企業経営
新型コロナの感染拡大が進む中、色々な経営者、研究者の方の見解やこれからの対応が紹介されていましたが、印象に残っているのは日本電産の永守さんの談話です。彼ほどの経営者であっても、今回の事態に際して次のように述べています。
50年、自分の手法がすべて正しいと思って経営してきた。だが今回、それは間違っていた。テレワークも信用してなかった。収益が一時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする。そのために50くらい変えるべき項目を考えた。
(2020年4月20日、日本経済新聞)
また、国境をまたいだ企業のサプライチェーン(供給網)が分断され、グローバル化の限界が指摘されている、との質問については、こう回答しています。
逆だ。もっともっと進む。自国にサプライチェーンを全部戻すのはリスクを増すだけだ。40カ国以上に工場を持ち、リスクを分散したと思っていたが、部品のサプライチェーンまで思いが完全には至っていなかった。猛省している。もう一回コロナ感染が広がったらどうするのかを考え、数年かけて作り替える
(2020年4月20日、日本経済新聞)
この永守さんのお話を含め、多くの有識者の方の話に総じて触れられていることの1つが、事業を継続するためには「リスク分散」が必要である、ということでした。コロナの影響を受けにくい業態や変更、追加、また柔軟な働き方への対応を考えていくことの必要性を説くものが多かったように思います。
こうした指摘は至極合理的です。一方、リスク分散のためにいくつかの事業を行うことは、中小企業やスタートアップ企業にとっては簡単でありません。私は創業支援の場にも身を置いていますが、そこで言っていることは「まずはターゲットを絞ること」「提供するものもできるだけ絞って始めること」「それによって、持っている経営資源を集中して使うこと」です。
創業したての企業だけでなく、多くの中小企業やスタートアップ企業にとって、ヒト・モノ・カネと言われる経営資源は潤沢でなく、その資源をいかに有効に使えるかが、事業を継続・発展させるためのカギであり、そのための方策の1つが「選択と集中」だからです。ただ、これからの時代は、そうした「1本足打法」で事業を行うことのリスクがさらに高まっていくと認識しなければなりません。
「周りを頼って」共創する
このような状況下において、色々なところで「共創」の動きが見られるように感じています。マスク不足やフェイスシールド不足に対して、中小企業が連携して製造しようとするプロジェクトが各地で次々と立ち上がっています。また、飲食の店舗を営む事業者で、Uber Eatsを活用してテイクアウトを行う事業者が一気に増えましたが、こうしたシェアリング・サービスを活用して業態の変更・追加を行うことも、共創の1つの形でしょう。
また、消費者と企業の共創の動きもあります。この数か月でオンライン会議が一気に普及しましたが、習い事サービスのオンライン提供に挑戦する事業者も多く見受けられました。これまでオンライン会議システムを使ったことがないという事業者が、とにかく始めてみたという例も少なくなかったのではないかと思いますが、とりあえずやってみて、顧客の意見を聞いて、次の回にはもっとスムーズにできるようになり、顧客の満足度も上がっていく。そういった声を、あちこちから聞きました。顧客と企業が一緒になってサービスの完成度を上げていく、そんな流れを感じました。
これからは、製品や事業の企画を行う際も、他の企業や消費者と連携して取り組むことを前提に、何ができるかを考えることが求められていくように思います。この条件は決して可能性を制約するものではなく、むしろ発想を豊かにし、事業の可能性を広げるものになるはずです。
また、そのような「共創」を行うための前提は、その主体どうしが「共感」で繋がり、頼りあえるパートナーになれることにあります。従って、共創を目指す中小企業やベンチャー企業は、今まで以上にオープンマインドで、自社の事業や製品への思いを発信し、共感を得られる努力が求められると思います。
商品開発における「共感」の重要性
ところで、私が商品開発における「共感」について意識するようになったのは、メーカー退職後の大学院で、師である鵜飼信一先生(現・早稲田大学名誉教授)の「中小企業論」の講義を受けてからです。先生は授業の中で、アダム・スミスの「国富論」「道徳感情論」に基づく解釈として、アダム・スミスは商品開発についてこんな風に考えていたのだろう、とおっしゃいました。
「パンを作る人は、それを自分が食べて美味いと感ずるように、他人もこれを美味いと感ずるだろうということを感じ取る。これが共感(Sympathy)である。人間の持つ共感能力がニーズ発掘の根源である」
この言葉を聞いた時、まだアダム・スミスのいずれの著作も読んでいませんでしたが、残念ながらと言うべきか、商品企画を仕事としていた頃の自分は、あくまでユーザーや顧客の意見を客観的に聞いていて、自分自身が彼らと同じ感情を抱く、というレベルまで心を働かせようとはしていなかったことに思いを馳せました。
「道徳感情論」原著におけるSympathyは、「同感」と訳されることもあるようです。確かに、現代においては普通の「同意」程度の意味にも用いられる「共感」よりは、「同感」という方が、アダム・スミスが意図している「相手の立場に立つ、相手と同じ境遇に身を置く」という意味合いが伝わるように思います。「相手と同じ痛みを感じる」レベルまで感じることが、新しく価値を生み出す第1歩としての「共感」に求められる姿勢であることを、鵜飼先生に学び、アダム・スミスに学びました。
次なるジャンプのために
ちなみに今回、このアダム・スミスの「共感」について、このイベント開催前に鵜飼先生とメールでやり取りしたところ、こんな返事が返ってきました。
“スミス、マルクス、ケインズの世界はキリスト教がバックグラウンド。「汝自身を愛するように汝の隣人を愛せ」という教えが皆頭の片隅にあって危機の時に甦って来ることがある(トランプやジョンソンは別だが)。「共感」のベースもここにあると思う。”
この非常時において、政治が迷走しているのはそのようなバックボーンがないからなのだろうか、と思いつつ、そんな中でも企業を経営し、事業を続けていかなければならない経営者の皆さんには、頼れる人を頼り、使えるもの(制度)はどんどん活用して今を乗り切り、次なるジャンプを目指して頂きたいと思っています。ジャンプする方策の1つが新しい事業や製品の開発であり、その際にはぜひ、「共感」に基づく「共創」について、意識して頂きたいと思います。