制約から生まれるイノベーションに期待する

制約から生まれるイノベーションに期待する

 2020年9月15日付の日本経済新聞で紹介されていた、ロッキング・オングループ代表で音楽評論家の渋谷陽一氏を講師とする参加型Webセミナー「アフターコロナを考える」(2020年8月18日実施)のアーカイブを視聴しました。 ※2020年9月19日現在、https://events.nikkei.co.jp/archive_ac9/ にて閲覧可能

 音楽評論家として知られる渋谷氏ですが、2000年に“ROCK IN JAPAN FESTIVAL“を立ち上げるなど、国内の音楽フェスの総合プロデューサーを数多く手がける興行者としての側面も持っており、コロナ禍における音楽産業の現状を深く知る人物です。

ガイドラインの緩和は進むのか

 渋谷氏は、コロナ禍によるイベント自粛によって、ミュージシャンはもとよりミキサー、照明などの専門スタッフの仕事がなくなり、宅配のアルバイトなど本職と違う仕事をしているスタッフも少なくない状況を踏まえたうえで、

「『イベントは定員の半分』という基本ガイドラインに対して、とにかく定員まで入れる、それを一つのガイドラインにさせてくれないだろうか」

「外食や交通、観光産業も含めて、社会全体が定員を守る中できちんと衛生管理をして感染防止をするという世界観に変わってほしいと切に願っています」

と、政府によるガイドラインの緩和を求めています。

 そのガイドラインについては、9月11日に制限の緩和が発表されて9月19日から11月末までの運用内容が示され、イベントの内容によっては100%以下の収容率も認められるようになっています。

https://corona.go.jp/news/pdf/jimurenraku_20200911.pdf

 ただし、残念ながら渋谷氏の主張するようにすべてのイベントで定員通りの開催ができるようになる社会的合意を作ることはまだ容易ではなく、有効なワクチンが生まれるよりも時間が掛かるのでは、という気がするのですが、そうでないと技術のある人がエンタメ業界を離れてしまい、エンタメ業界の自力が衰えてしまう、という強い危機感を感じました。

 また、こうしてイベントの制限が緩和されていく中でも、もし感染のクラスターが発生した場合にはそうした緩和の流れが見直される可能性はあり、運営事業者には常に高いレベルでの衛生管理が求められることに変わりはありません。

コロナ禍で見えてきた音楽産業の力

 一方、オンラインライブの可能性については、

「オンラインライブという形で我々自身が音楽産業、音楽エンターテインメントの持つ力を再認識した」

「オンラインライブは、人気ミュージシャンだけが恩恵を受けるものではなく、リアルで4、5人だったお客さんがオンラインで20~30人になるということが実際にあちこちで起こり始めている」

といったポジティブな評価を示しました。オンラインライブをミュージシャンはポジティブに考えられるのか、という視聴者からの質問に対しては。

「ミュージシャンはクリエーティブ志向の強い人種ですから、ポジティブに考えられると思います。音楽を表現すると同時に、ビジュアルにおいても自分自身の世界を表現できるようになるわけですから。ミュージックビデオに目覚めて数十年。今度はオンラインライブに目覚める時が来ているのだと思います。すごく楽しいと思いますよ。」

と答えています。

 ミュージックビデオの出現は、音楽シーンを変えたといわれます。ミュージシャンの表現方法が変わり、音楽の聴き方が変わりました(ラジオの時代の終わりが始まった瞬間です)。今回のコロナ禍にはその時と同じくらいのインパクトがあり、ミュージシャンが時代の空気をとらえてクリエイティビティを発揮する見せどころである、という主張は、現代のミュージシャンへの期待であり、同時に激励でもあるように感じます。

 また、リアルに比べて定員の上限が高くなりうるオンラインライブは、高い収益性を上げることが可能であることも着目したうえで、オンラインという音楽への新たなアクセスの場が生まれることと相まって、新しい音楽市場が広がっていく可能性を指摘しています。

デザイン思考は「制約」から生まれる

 さて、美を追求するアーティスト、自身の音楽性を追求するミュージシャンにとって、「制約」は好ましいものとは考えられないでしょう。一方、デザイン思考を広めた第一人者として知られるティム・ブラウン氏は、デザイン思考は3つの制約のバランスを取ったアイデアを採用する方法として紹介しています(ティム・ブラウン著「デザイン思考が世界を変える[アップデート版]」(2019年、早川書房))。すなわち、

技術的実現性(Feasibility):現実またはそう遠くない将来、技術的に実現できるかどうか

経済的実現性(Viability):持続可能なビジネスモデルの一部になりそうかどうか

有用性(Desirability):人々にとって合理的で役立つかどうか

の3つの制約のバランスを取ることが重要としています。

IDEO Tokyo HPより
https://jp.ideo.com/post/our-approach-and-values

 この考え方は一見当たり前に聞こえますが、大半の企業は既存のビジネスモデルの枠組みに適合するかどうかという制約を開始点にしがちなので、漸進的で平凡なアイデアになりやすい、としています。

 事業としてのオンラインライブが今後リアルライブに変わる(あるいは共存する)コンテンツになりうるかどうかをこの枠組みで考えてみると、現在は通信技術の発達によってリアルタイムで高品質な画像・音質を届けることができるようになっており(技術的実現性がある)、リアルライブよりも高い利益率でビジネスモデルとして確立できる見込みがあります(経済的実現性がある)。

 あとは有用性がどう評価されるかですが、それは、ユーザー(リスナー)がオンラインライブに対して対価にふさわしい価値を感じてくれるか、そのような内容をミュージシャンがコンテンツとして提供できるか、に帰着します。すなわち、渋谷氏の指摘通り、オンラインライブにおいてにどのように聴かれればリスナーが満足するのか、ミュージシャンが考えて工夫することが重要になりそうです。

制約がイノベーションを生む

 また、イノベーションを生むようなアイデアを創出する上で、「優れたアイデアは自由から生まれる」というイメージを持たれがちですが、創造プロセスの研究成果では、「オリジナリティあふれる優れたアイデアは、完璧な自由を与えるよりも、ある種の制約を設けた方が生まれやすい」ことが明らかにされてきています。

 パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著「イノベーションは日々の仕事のなかに―価値ある変化のしかけ方」(2014年、英治出版)は、スペイン・バルセロナのIESEビジネススクールにて実践されているイノベーション実践法を紹介した書籍です。イノベーションに関する書籍ですが、自身がイノベーションの担い手になるための方法ではなく、イノベーションを生み出すチームを作るためのリーダーの役割が紹介されています。

 この書籍では、日常業務の一環としてイノベーションを起こしたいならば、イノベーションには自由が大切だと考え、一切の制約なく新しいアイデアを自由に追求する場所と機会を与えるよりも、むしろ積極的に制約を与え、真に重要な事柄に集中できるように部下をサポートする方が大きな成果を上げられることが主張されています。制約を与え集中を促すことを「フォーカス」と呼び、その重要性を説いています。

 フォーカスが必要な理由として、制約なく自由にイノベーションのアイデアを求められると、結果的には多くの選択肢に直面することになるからだと説明しています。つまり、イノベーションの目指す方向性は何なのか、避けるべき領域はあるのか、目標設定は小さくて良いのか大きなゴールを目指すのか、など、大量の選択肢を突き付けられることになります。

 選択肢が多くなると判断が鈍って立ち往生したり、現実的な判断をしてしまう可能性がでてくる、としています。結果として、制約のない状態で集められストックされるアイデアは「ただの思いつきのアイデア」ばかりになってしまうことが、企業での実例とともに示されています。

新たな産業カテゴリーを生む契機に

 「必要は発明の母」という言葉もあるように、現在のコロナ禍においては、今まで当たり前だったことができない、使えなくない、といった新たに生まれた制作条件に対して、それに対応する新たな商品やサービス、対処法が生み出されています。

 今後の音楽業界においても、リアルなライブやイベントが完全に同じようには開催できないという制約の下で、今後オンラインライブのクオリティを上げるようなサービスや技術の普及が進むのかもしれませんし、オンラインライブにおけるアーティストの新しい表現方法が広がるのかもしれません。また、オンラインを専業とする技術スタッフも出てくるかもしれません。

 そのようにして、音楽産業の新しいカテゴリーを生み出しながら、再び勢いを取り戻してくれることを願っています。同じく、リアルイベントの自粛で苦しんでいる音楽以外のエンタメ業界、クリエイティブ業界においても、(広い意味での)表現方法におけるイノベーションの創出を期待しています。


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