2022年11月1日、公益財団法人日本デザイン振興会は「2022年度グッドデザイン大賞」を発表し、アトリエe.f.t.、合同会社オフィスキャンプ、一般社団法人無限による「地域で子ども達の成長を支える活動 まほうのだがしやチロル堂」が選ばれました。
グッドデザイン賞
日本デザイン振興会のWebページによると、グッドデザイン賞は「デザインによって私たちの暮らしや社会をよりよくしていくための活動」であり、「製品、建築、ソフトウェア、システム、サービスなど、私たちを取りまくさまざまなものごと」「かたちのある無しにかかわらず、人が何らかの理想や目的を果たすために築いたものごと」をデザインととらえ、その質を評価・顕彰するものとしています。
実際、今年のグッドデザイン大賞は、グッドデザイン賞を受賞した1,560件の中から5点がファイナリストとして選出され、その中から大賞が選出されています。5点のファイナリストのうち、3件は製品(かたちのあるもの)、2点はサービスやプロジェクト(かたちのないもの)でした。
「まほうのだがしやチロル堂」とはどんな場所か
まほうのだがしやチロル堂(https://tyroldo.com/)は、2021年8月に奈良県生駒市にオープンした駄菓子屋です。18歳以下の子ども達は、まず一人1回100円で入口のガチャガチャを回して入店します。カプセルには1枚100円の価値がある店内通貨「チロル札」が1~3枚入っていて、駄菓子を買うことはもちろん、店の奥にあるカウンターやテーブルスペースで通常500円のカレーや軽食を食べることができます。
100円で100円以上の価値になる「まほう」は、大人の寄付が支えています。活動の賛同者も増え、店内で寄付付きのカレーやお弁当を買う人の他、駄菓子、店内で使う食器、食材やレシピ、絵本やおもちゃなど寄付をする人が絶えません。2022年4月からはサブスク方式で寄附をする仕組みもつくり、夜は大人の飲食代の一部が寄附される「チロル酒場」も始まっています。
チロル堂の情報は主に小学生の口コミで広がり、土曜日や長期休暇になると地域内外から1日300人を越える来店があります。友達とゲームや食事をしたり、大学生スタッフに宿題を教えてもらったり、使い方も熟知されてきているといいます。
「まほうのだがしやチロル堂」はどのようにして生まれたか
チロル堂は、生駒市に縁のある4人によって作られました。そして、生駒市で放課後等デイサービスを運営する石田慶子さんの思いがベースになっているといいます。(https://greenz.jp/2022/01/13/tyrol_do/)
私たちのような福祉事業所は制度上、障がいがあるかないか、大人か子どもか、貧困かそうでないかといった分類でできることか決まってしまいます。でも子どもの困りごとは、実は親の困りごとであり、社会の問題です。多くの問題が連動しているのに入口が別々のためアプロ―チできなかったり、分断されたりしてしまう。そのことにずっと悶々としていました。
石田さんは、構想に当たってデザイナーなど異分野の方を巻き込みました。
表現者の方にどうかかわってもらうかは私自身の課題でした。福祉の事業を福祉的に発信しても誰も興味をもってくれないんですよ。「あれは障がいのある人の話だ、困っている人の話で自分とは関係ない」と受け止められてしまう。豊かに生きるために誰にとっても必要なのに、どうしても切り取られちゃうので、社会に向けてちゃんと表現する力が必要だとずっと思っていました。
そして、創業メンバーの1人で、生駒市でアートスクールを営むクリエイター・吉田田タカシさんが、困っている子どももそうでない子どもも、関係なく集まりたくなる仕組みとして、現在のチロル堂の形態とほぼ同じストーリーを発想したとのことです。
デザイナーのマインドセット
廣田章光著「デザイン思考 マインドセット+スキルセット」 (2022年、日本経済新聞出版)では、優れたデザイナーの思考(マインドセット)には、5つの特徴があるとしています。
第1に、人間を中心に思考する。
第2に、言葉や数値だけでなく積極的にビジュアル(スケッチ、試作品)による表現方法を使用する。
第3に、ビジュアルや言語、数値の情報を通じて、対象となる人や協働者との対話と修正を何度も繰り返す。
第4に、ものの見方、考え方の枠組み(フレーム)を変化(リフレーム)させて、他の人や従来の枠組みでは捉えられない問題に気づく、あるいは異なるアプローチによって問題を解決する。
第5に、人々が活動する現場における人間の観察から始めて、検証に至るステップを繰り返す。
このような特徴的な思考を通じて、優れたデザイナーは与えられたテーマに対して社会の中から手がかりを見出し、その手がかりをもとに、社会の人々が気づかない問題の発見と、その問題を解決する体験を想像します。そして、その体験を実現する従来とは異なる価値を持つ製品、サービスを生み出します。
チロル堂のデザイン
チロル堂の事例は、こうしたマインドセットを持って生み出されたものと言えます。吉田田さんは、こども食堂の活動には共感しつつも、知らない大人に話しかけられたくないから行かないという子どももいるのではと感じ、「本当にリーチしないといけない子どもたちにリーチできないのではないか」と感じていたといい、その課題を乗り越えるストーリーとして、チロル堂のアイデアが浮かんだのだといいます。
従来のこども食堂は、「支援が必要な子どもがいる」という課題に対して、「食事や居場所を提供する」という解決策を提供するものです。これに対し、「支援が必要な子ども」の立場で考えた時に、「支援が必要な子どもがこども食堂に来れるとは限らない」という課題を見つけ、「どんな子ども達も集まりたくなる目的を別につくり、支援が必要な子ども達が気軽に利用しやすい場所にする」という解決策を提示したのがチロル堂といえます。
また、こども側だけでなく大人側の意識も変えていこうとする意図を持ったデザインがあります。大人が寄付付きのカレーやお弁当を買うなどの形でこどもへのまほうに貢献することを「チロる」と呼んでいます。「チロる」は「寄付する」と同じ意味ですが、施す側、施される側という隔たりのある関係ではなく、もっと近い目線で関わって行きたいという思いで、わざわざ呼び方を変えたといいます。
石田さんは、貧困をどうオブラートに包むかを課題と考えており、チロル堂の仕組みは、福祉を看板にしたら届かないという自身の思いを体現しているストーリーだった、と言っています。まさに「ものの見方、考え方の枠組み(フレーム)を変化(リフレーム)させて、他の人や従来の枠組みでは捉えられない問題に気づき、異なるアプローチによって問題を解決」させた事例といえます。
「デザインの力」を課題発見や解決の源泉に
冒頭にご紹介した日本デザイン振興会のWebページでは、「複雑化する社会において、課題の解決や新たなテーマの発見にデザインが必要とされ、デザインへの期待が高まっています」とも述べられています。このブログでもたびたび紹介している「デザイン経営」の考え方も、デザインの力を「ブランディング」や「イノベーション創出」の活用しようとするものです。
また、チロル堂に関しては、この取り組みに賛同した小さな子どもを持つ5人の母たちが2022年7月、金沢に二号店をオープンさせています。優れたデザインは、「伝わる力」「広がる力」があります。社会問題を解決する手段の選択肢の1つとして、デザインの活用が広がることを期待しています。