まだ11月に入ったばかりですが、早くも日経トレンディ12月号で「2020 ヒット商品ベスト30」が発表されました(https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00379/00001/?P=2)。ヒット商品ランキングについて過去2回こちらのブログで紹介していますが、おかげさまでいずれも沢山の方に読んで頂けているようなので、今回も早速取り上げてみたいと思います。
コロナ禍のヒット商品の特徴
今年の1位「鬼滅の刃」については、まず異論は出ないでしょう。10月の映画公開に際しては、シネコンのほとんどのスクリーンで鬼滅が上映され、1館で1日に30~40回上映されるといった、これまでの日本映画史上になかったスタイルがニュースになったりもしました(例えばhttps://www.oricon.co.jp/news/2174250/full/ など)。
音楽、出版、グッズ、聖地、、、あらゆるものがヒットしており、年末にかけてまだまだブームが続いていくのでしょう。
2位以下に関しては、やはり上半期同様、コロナ禍による社会情勢の変化を受けたヒット商品が多くランクインしています。自粛が求められる中、ジム、カフェ、映画館、旅行といったものの代替商品が並び、「コト消費の要素を含んだ製品がヒットしている」と日経トレンディの記事では分析されています。
ここでは、こうしたコト消費の1つとして位置付けられている、14位にランクインした「食べチョク/ポケットマルシェ」に注目します。ともに農作物を生産地から消費者に直送して販売するECサイトです。両社とも2020年以前から成長していた企業ではありますが、コロナ禍で外出が難しくなった今年、食べチョクは登録生産者数が19年末から9カ月で3.7倍の2548軒、流通総額も1~8月に39.3倍に急伸。ライバルのポケットマルシェも19年末からの9カ月に出品される食材の数が3.8倍に、登録ユーザー数は4.7倍に増えたといいます。
「食べチョク」
「食べチョク」は、2016年に設立された株式会社ビビッドガーデンが運営しています。代表の秋元里奈氏は、神奈川県相模原市の農家に生まれ、DeNAを経て同社を創業しています。コーポレートサイトで紹介されている秋元氏の講演によると、幼いころ母親から「農業は継ぐな」と言われ、自分の子どもには継がせたくないという同様の発言をある農家の方から聞いたことから 「こだわるほど儲かりづらい」という農業の構造的な問題を解決するために、食べチョクのビジネスモデルを構築しました。
「こだわるほど儲かりづらい」構造については、コーポレートサイトのビジョンで紹介されています。通常の流通ルートでは、販売価格が固定され、さらに生産者の粗利も固定されているので、こだわりを持って手を掛ければかけるほど、生産者に還元される利益が少なくなってしまいます。食べチョクでは、生産者と消費者を直接つなぐことで、生産者に十分な粗利(約80%)を確保することができるといいます。同社は、「生産者のこだわりが正当に評価される世界へ」をビジョンに掲げています。
また、食べチョクは生産者が直接食材を発送するサービスのため、生産者の「ひととなり」を直接感じることができるサービスである、ともうたっています。また、生産者の栽培情報をデータベース化することで、消費者や飲食店の細かなニーズに対応しています。
※以上、株式会社ビビッドガーデン コーポレートサイトよりhttps://vivid-garden.co.jp/
「ポケットマルシェ」
一方、ポケットマルシェは、岩手県花巻市出身の高橋博之氏が2015年に設立しています(設立時の名称は株式会社KAKAXI)。創業に至る以前の高橋氏の経歴もユニークです。岩手県議会議員を2期務め、2011年9月には巨大防潮堤建設へ異を唱えて岩手県知事選に出馬しています。知事選落選後、政界を引退し、2013年に世界初の食べ物付き情報誌『東北食べる通信』を創刊し、編集長に就任しました。この『東北食べる通信』では、グッドデザイン金賞を受賞しています。
コーポレートサイトに紹介されている高橋氏のメッセージによると、『東北食べる通信』は、一次産業を情報産業に変えるという旗を揚げ、生産者と消費者を「情報」と「コミュニケーション」で繋ぐためのメディアを創刊しました。そして、食べる通信で得た知見とネットワークを最大限活かし、さらに生産者と消費者の共創マーケティング市場を開拓しようという試みが、2016年にローンチされた生産者と消費者をつなぐアプリ「ポケットマルシェ」です。
生産者と消費者が結びついた強い一次産業が実現すれば、農漁業の担い手の確保につながります。また、食のグローバル化が進行し、消費者の食の安心を求めるニーズはこれからますます顕在化していく中、ポケットマルシェはそのニーズに応えると同時に、消費者が自分の口に入る食べものを育てている生産者とつながり、背景を知り、コミュニケーションを楽しみ、消費者同士でレシピを共有することで、豊かな食スタイルを体験することができると、ポケットマルシェの意義について述べています。
※以上、株式会社ポケットマルシェ コーポレートサイトよりhttps://www.pocket-marche.com/about/
D2Cモデルの特性
両社とも、コロナ禍における消費形態の変化にフィットしたビジネスモデルであることで急成長したわけですが、「数ある産直ECで2社が飛びぬけているのは、本当においしい物を作る生産者を審査で厳選してきたことが大きい。顔が見える形で、生産者とメッセージを直接やり取りできる機能を設けたのも、消費者の安心感につながった」と日経トレンディの記事で分析しているように、コロナ禍以前からあった食の安心・安全に対する消費者ニーズの大きな変化(深化)を見据えて、サービスを磨いていたことで、一気に追い風として生かすことができたといえるでしょう。
両者のビジネスモデルは、生産地と消費者を直接つなぐ「D2C(DtoC ;Direct To Consumer)」のビジネスモデルです。D2Cについては様々な定義があり、例えば湯川抗著「世界制覇のための事業計画書」(2020年、株式会社クロスメディア・パブリッシング)では、一般的なD2Cの特徴を「企画開発した製品を販売するためのECサイトの立ち上げから顧客への情報発信、広告、マーケティング、購入まで全てがデジタルで完結している点」としています。確かに、ICT技術の進展、スマホの普及に伴って食品以外の分野でも市場規模が拡大しているモデルです。
例えばアパレル業界では、ファクトリエは、「メイドインジャパンの工場直結ファッションブランド」であり、「職人の情熱とこだわりがつまった語れる商品を適正価格で」提供することをうたっています。そして、ファクトリエ創業者の山田敏夫氏は、熊本で100年続く老舗婦人服店の生まれです。ファッション業界を取り巻く様々な環境変化やファストファッションの台頭によってメーカーはコストの低い海外生産にシフトし、国内におけるアパレル品国産比率が3.0%(2014年)にまで減少してしまったという状況や、構造的な問題として、低価格化のしわ寄せが工場に及び、過剰な原価抑制を強いられて利益率が悪化し、倒産や人員削減が続いている状況に直面し、“工場”と“消費者”をダイレクトに結び付けられるファクトリエのコンセプトに辿り着いたといいます。農家の生まれである秋元氏と同じ様な問題意識が、創業につながっているといえます。
D2Cに求められる「自信と覚悟」
さて、こうしたD2Cモデルにおけるもっとも重要なポイントは「生産者が価格決定権を持つこと」にあると思います。「価格の決定」は、事業におけるもっとも重要な決定事項の1つであり、特に中小企業・ベンチャーの経営者にとって最も重大な意思決定の1つだと思います。
生産者がD2Cモデルにおいて価格決定権を持つことができるのは、生産者が自らの名前と顔を出すことで、品質や安全性についての「自信」を示しているからです。そして、自らの名前と顔を出すということは、万が一その品質が十分でなかった場合の責任を負うことが避けられないという「覚悟」を持つ必要があります。消費者に対峙するということは、消費者からの感謝の声だけではなく、時には消費者からの不満、クレームの声にも対応しなければならない、ということでもあるのです。
そして、D2Cモデルについて語られるとき、流通における「卸業者」「販売業者(特にスーパーマーケットや量販店など)」は、価格を抑制し生産者の利益を薄める主体として語られがちですが、そうした構造によって、生産者が良くも悪くも消費者と対峙する必要性を「回避できる」仕組みでもあります。従来の流通構造に依存していた企業がD2Cモデルに乗り出すための必要条件は、こうした仕組みから抜け出して消費者と対峙する「自信と覚悟」を持つことであると思います。