2024年、アップルカー登場か
前回のブログでは脱炭素社会に対応した電気自動車の動向について書きましたが、昨年の年末に電気自動車に関するあるニュースが世界的に話題になりました。「アップルカー」、すなわち、アップル社が電気自動車を発売する、という話題です。
このニュースは、Reuters(ロイター)や台湾の報道機関が報じたもので、アップルによる自動車部品や装備品の注文が台湾において増加しており、「画期的バッテリー技術」と自動運転技術を搭載した電気自動車を2024年までに生産する計画であると伝えています(TechCrunch Japan 2020年12月22日付https://jp.techcrunch.com/2020/12/22/2020-12-21-the-apple-car-chatter-is-back-with-new-reports-pointing-to-a-2024-launch-date/)。
さらに、年明けには、アップルが2027年の自社ブランドEVの発売に向け、車両や車載電池の生産などで現代(ヒュンダイ)自動車グループと協業する交渉を進めているという韓国の新聞の報道を受け、現代自動車が「アップルは現代自動車をはじめとする世界の様々な自動車メーカーと協議中であると理解している」と公式に表明しました(アップルからの公式なコメントはなし)。
そのうえで、「話し合いは初期の段階で、何も決まっていない」と表明したものの、株式市場は早くもアップルとの協業による成長期待を織り込み、1月8日の韓国株式市場では現代自株は前日終値比で19%上昇、グループ会社の起亜自動車は8%、部品メーカーの現代モービスも18%高騰する結果となりました。(2021年1月8日付日本経済新聞電子版)
2020年1月11日付の日本経済新聞のコラム(「アップルカー」の衝撃)では、こうした一連の動きを伝えた上で、もしアップルが電気自動車の生産にスマートフォンで培った設計と製造の水平分業モデルを導入すれば、自動車産業に大きな衝撃を与えることを示唆しています。
自動車産業は、設計から生産までを自動車メーカーが行い、部品供給も関連会社や下請け企業との長期取引に基づいておこなう垂直統合モデルを構築してきましたが、このモデルが揺らぐだろう、ということです。
現時点での電動自動車におけるトップランナーであるテスラモーターズ社も、生産は自社工場で行っているので、自動車産業へのインパクトは、テスラ以上のインパクトをもたらす可能性も高そうです。
他のプレーヤーも続々参入
電気自動車については、アップル以外にも異業種のプレーヤーの参入があります。今月11日には、中国のインターネット検索サービスの最大手である百度(Baidu:バイドゥ)が、中国民営自動車最大手の吉利と提携して、電気自動車の製造販売に乗り出すことを発表しました。
百度はこれまでも世界の自動車メーカーと共同で研究プロジェクトを進めていましたが、ついに自社で製造販売することを表明した形です。開発する車は、インターネットとつながり、AIを活用して自動運転やドライバーの利便性を向上させた「スマートカー」になるとのことです(日本経済新聞電子版2021年1月12日付)。
日本の異業種メーカーでは、昨年のCES(アメリカ・ラスベガスで開催される電子機器の見本市)でソニーが電気自動車のコンセプトカーを発表し、今年のCESでは昨年の12月から技術検証のための公道走行をオーストリアで開始したことを発表しています。(https://www.sony.co.jp/SonyInfo/vision-s/news.html#entry9)
この新たなプロトタイプはエンタテインメントを進化させている、と紹介されていますが、自動運転が進化してドライバーの運転中の負荷が減っていくことにつれ、車内でのエンタテインメントの提供の重要度が増すことが予想され、こうした面でソニーの力がどのように生かされるのか注目されます。
アップルはファブレス企業なのか?
さて、こうした異業種のプレーヤーは、当然ながら自動車本体を製造する経営資源やノウハウを有していないため、自動車メーカーと連携して市場に投入することになります。
アップルのスマートフォンiPhoneなどの生産では、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業などの受託製造サービス企業(EMS)に生産を委託しており、アップルは自社工場を持たないことは、広く知られているところです。
自社の生産工場を持たずに、企画やデザイン・設計、販売に特化する企業は「ファブレス企業」と呼ばれます。ファブレス企業は、自社で生産設備を持たないことで、生産にかかわるコスト(初期コスト、運転コスト)を削減できること、変化の速い市場動向にも柔軟に対応できるなどのメリットを享受できることが知られています。
一方、アップルの経営実態を踏まえると、実はそうした典型的なファブレス企業とは違った姿が見えてきます。2016年ものづくり白書(経済産業省)によると、2014年のアップルの設備投資額は105億ドル(2014年12月の平均1ドル119円換算で約1兆2,500億円)に上り、同年の売上高1,827億ドルの約6%に当たる額になります。
そして、これらは生産用工具、製造プロセス装置、企業設備、情報システムハードウェア、ソフトウェア等のインフラに投じられており、大部分はiPhoneやiPad、MacBook などの端末の量産に対応する機械類の購入に充てられ、製造委託先の加工工場に貸し出しているといいます。
また、デバイスメーカーが設備投資を行う際にその投資額を負担することでアップル専用の工場や設備として確保するといったことも行われているようです。
つまり、アップルはアップルが製品のデザインや設計のみならず、製品の作り方、すなわち生産技術にあたる部分についても自社で担っていることが示唆されます。そして、自社工場を有していないといいながら、外部の生産工場に多額の投資を積極的に行い、実質的には自社工場のように活用しているのです。
前回のブログでも紹介したように、国内のエレクトロニクス系製造業はかつての国際競争力を失っていますが、これはエレクトロニクス産業では製品アーキテクチャのモジュール化が進んだ(「擦り合わせ」が要らなくなった)ために、新興国企業による技術のキャッチアップや類似製品の製造が比較的容易となってしまったことが要因にあります。そんな中でアップルが高い収益性を上げている理由として、指摘されることの多い高いブランド力や新製品・サービスをスピード豊かに生み出す力だけでなく、実は生産技術への高いこだわりがある、とものづくり白書では指摘しています。
外部のマクロ環境を常に意識して、小さな「兆し」を捉えよう
電気自動車のプレーヤーが増えることは、技術開発においても商品販売においても競争が起こり、より魅力的な製品がよりリーズナブルな価格で提供される時期を早めるものと思われ、これは消費者にとって大いなるプラスであると思います。
また、自動車部品や電気部品を製造する日本国内の企業にとっても、新たな製品市場(間違いなく巨大市場)の出現は、有望な事業機会となります。
小規模な町工場においては、自社で製造している部品がどのような最終製品に使用されているのか分からない、というケースも少なくありませんが、受注する部品の変化で、使われていると予想される最終製品のトレンド、これから何がヒットするかが分かる、という町工場の経営者の話を聞いたことがあります。
そうした経営者は、もちろん部品の変化だけを見てトレンドを察知しているわけではありません。最終製品やその周辺産業のマクロ環境の動向について、インターネットや報道などで常にウォッチをしていることで、自社に対する受注のわずかな変化に対して、トレンドの変化の「兆し」を読み取ることができるのです。
自動車業界におけるアップルカーのような大きなニュースはもちろん、自社が属する業界(自社の取引先の属する業界)のマクロな動向を把握して、自社を取り巻く事業環境がどのように変化し、それが自社にとってどのように働くのか(プラスなのか、マイナスなのか)常に意識しながら、日々の業務の中に現れる「兆し」を逃さず捉えることができるようにしたいものです。